雪のない朝
雪のない朝、被害者は山荘を出た。
吹雪で孤立した山荘の主人が、書斎で死んでいるのが見つかった。死亡推定時刻は午前五時前後。ところが玄関の監視映像には五時四十分、主人がコートを着て外へ出る姿が残っていた。玄関前はカメラの死角で、戻る姿はない。新雪には足跡もなかった。
映像の暖炉から立つ煙は、窓の外の風向きと逆へ流れていた。宿泊客は、室内の気流だろうと言った。
主人の背後では、クリスマスツリーの電飾が三回ずつ点滅している。管理人によれば、その制御器は故障し、事件の前週から常時点灯になっていたはずだった。
警察は、犯人が主人の服を着て外へ出たふりをし、死角で引き返したと考えた。しかし映像の人物は主人と同じ癖で左肩を下げて歩き、杖も正しい手に持っている。新雪に足跡がない以上、外出自体が偽装なのは確かだった。
主人の遺言では、山荘を管理人へ譲る条項だけが直前に削除されていた。管理人には十分な動機がある。だが彼は、五時四十分に主人が生きていた映像がある以上、自分の勤務時間とは重ならないと強調した。自分に有利なはずの映像を、誰より詳しく説明しすぎていた。
私は録画装置を調べた。山荘では通信費を節約するため、動きの少ない時間帯に過去映像を背景として再利用し、変化した部分だけを保存する古い圧縮方式を使っていた。だが人物まで再利用されることはない。
サーバーの交換履歴を見ると、事件前夜、管理人が「時計のずれ」を直したと記録している。その作業で前年の同じ時刻の映像フォルダが、現在の監視画面へ割り当てられていた。
前年のその朝には雪がなく、主人は狩りへ出ている。暖炉の煙も、三回点滅する旧型の電飾も、その時期なら正しい。
五時四十分に山荘を出た主人は、一年前の主人だった。
事件当日の玄関映像は、吹雪が始まった午前二時から一度も保存されていない。管理人は「主人が死後に歩いた謎」を作り、その間に書斎から遺言書を持ち出していた。
雪のない朝、被害者は山荘を出た。
ただし、その朝は今日ではない。
新雪に足跡がなかったのは密室の奇跡ではなく、画面の中だけが一年前の、まだ雪の降らない朝だったからだ。