雪を払ってお入りください

北砦の玄関侍女オリネは、吹雪の日ごと同じ台詞を繰り返した。

兵の外套を預かり、濡れた長靴を炉端へ並べ、石床へ溶けた雪を木屑で吸わせる。門番見習いのトーマは、戦より泥汚れを恐れる彼女を、内心で《箒将軍》と呼んでいた。

夜半、門が一度だけ軋んだ。

入ってきた兵士の肩には雪が積もっている。

だが足元に濡れ跡がない。

トーマが不審に思った瞬間、兵士の顔が白く割れた。中から現れたのは氷の仮面をつけた刺客《冬葬》。吹雪そのものへ姿を変え、砦司令の寝室まで凍らせる北国最悪の暗殺者だ。

刺客が白い息を吐く。

廊下を埋める氷刃が生まれかけた。

オリネは箒を一度、横へ払った。

ざっ。

雪が戸外へ掃き出される。

刺客も消えていた。

床には傷一つなく、凍った空気さえ暖炉の熱へ戻っている。トーマだけは、玄関脇の雨水桶に映った動きを見た。

箒の穂が氷刃を粉へ変え、柄の先が仮面の中心を軽く突く。割れた核をオリネの掌が受け止めると、男の身体はただの雪へ崩れた。彼女は勢いを止めず、その雪をまとめて門外へ掃き出したのだ。

白い地面で敵だけを消す《雪隠し》

かつて十万の軍勢から将軍一人を抜き取り、足跡さえ残さなかった伝説の暗殺者の技だった。

オリネは門を閉め、閂を掛ける。

床に残った小さな氷核を火鋏で拾い、暖炉へ放った。青い炎が一瞬上がり、すぐ普通の赤へ戻る。箒についた霜を払い、侵入者が触れた取っ手を乾いた布で磨いた。

「箒将軍……じゃなくて、雪隠し?」

トーマの声が裏返る。

オリネは振り向いた。

微笑んではいたが、少年は自分のあだ名まで聞かれていた気がして背筋を伸ばす。

「冷えたのでしょう。炉へお寄りなさい」

「でも今、人が雪に――」

「吹き込みがひどかっただけです」

門外では吹雪がすべてを覆う。

刺客の雪も足跡も、夜明けには誰にも見分けられない。

オリネは箒を壁へ戻し、新たに巡回から帰った兵の外套を受け取った。そして玄関の床を見ながら、最初と同じ言葉を告げる。

「雪を払ってお入りください」