雪原の無人坑車
キリルが雪原へ移り住んだ冬、誰もが春まで持たないと言った。
北の鉱山鉄道は十年前に廃線となり、坑口も雪に埋もれていた。だが地下の線路だけは生きている。蒸気を食べる無人坑車が地熱孔で腹を満たし、古い鉱脈を巡って錫石を拾う。満載になると雪の下の支線を通り、国境町の精錬所へ直行する。
キリルは週に一度、家の煙突から余った蒸気を送り込む。それで坑車は勝手に走る。
運休の日もある。地熱が弱ければ坑車は駅で眠り、キリルも薪を節約する。翌日へ回せる仕事があることを、彼はこの廃線で初めて知った。
かつて彼は王立鉄道の転轍手だった。橙色の制服は肩が雨と雪で色褪せ、手袋の指先は信号索に擦れて穴だらけだ。吹雪の日も「列車は止められない」と一人で分岐器に立たされた。退職した今も、信号灯には未読の緊急出勤が重なっている。
この朝、外は戸を押し返すほどの雪だった。
キリルは薪をくべ、木片から匙を削っていた。床下を坑車が通り、遠い雷のような音がする。やがて壁の運賃札が青く光った。
《錫石一車、精錬所へ到着。薪・食料・医薬品、五週間分を入金》
もう外へ出る理由はない。その事実だけで、吹雪が美しく見えた。
信号灯が突然、赤く点滅した。元駅長ハルガの声が割り込む。
『西線で雪崩だ。人手が足りん。お前は除雪機の癖を知っているだろう、すぐ戻れ』
「列車を止めてください」
『物流が一日止まる損失を分かっているのか』
「人が倒れる損失を、あなたは数えませんでした」
『賃金は倍にする』
キリルは穴の空いた手袋を暖炉へ投げた。火が布をゆっくり飲み込む。
「倍でも、指は買い戻せません。私は行きません」
『責任を放棄するのか』
「その責任は、退職日に線路へ置いてきました」
信号灯の赤い石を抜き、薪箱の重しにする。光は消え、窓の外の雪だけが白く残った。
地下の坑車は誰にも急かされず、一定の速度で次の鉱脈へ向かっている。
キリルも削りかけの匙を膝へ置き、毛布を顎まで引き上げた。完成は明日でも春でもよかった。
吹雪の音を子守歌にして、昼前から眠った。