零時更新の未公開曲

午前零時、音楽配信会社の削除待ち一覧に、緋田円の知らない曲が一分だけ現れた。

タイトルは〈GRACE〉。再生回数ゼロ、作者欄は五十九個の空白。零時一分になれば、容量整理で完全消去される。深夜監視担当の円だけが、その猶予時間に再生できた。

「消える前に」

イントロには、古い投稿通知が細かく刻まれていた。円の弟も無名の作曲家だった。七年前に事故で死に、投稿したデモは規約違反として削除された。円はその一節を自分のデビュー曲へ使い、弟の遺志を継いだと説明して成功した。

Aメロで、聞き覚えのある旋律が次々と現れた。円のヒット曲のサビ、人気歌手へ提供したフック、広告で流れた四音。どれも少しずつ違い、削除された別々の投稿へ遡る。会社は消去前の無名曲を学習素材にし、売れそうな部分を社内作家へ提案していた。円も便利な候補一覧を使い、出典を確かめなかった。

「消える前に」

二度目のフレーズで、円は保存ボタンへ手を伸ばした。弟や無名の作者たちの曲を救いたい。そう思ったが、画面は保存先を選ばせず、彼女の楽曲管理ページを開いた。

サビが始まる。五十九個の空白へ作者名が戻っていく。学生、介護職員、失業中の父親。最後に弟の名が出た。円のデビュー曲は弟一人の遺作ですらなかった。核となる旋律は、澄人が別の投稿者から盗み、円がさらに引き継いだものだった。

残り十秒。曲は権利照合を自動実行し、円のカタログから借り物の音を一つずつ外した。伴奏が痩せ、歌詞だけが裸になる。彼女の名義で残る音は、ほとんどなかった。

零時一分、未公開曲は消えなかった。代わりに円の認証済みアーティストページが停止し、五十九人の原曲が復元された。作曲者欄の空白は、本当の名前で埋まっている。

最後の一音のあと、猶予画面が円へ一つだけ選択肢を出した。

〈共同声明に署名する〉

スピーカーが静かに歌う。

「消える前に」

壊れやすい曲を保存してほしいという願いではない。盗んだ音で作った円の名義が失われる前に、自分の名で真実を認めるための最後の猶予だった。