青と赤の輪ゴム
稔が朝五時に台所へ降りると、凛太が卵を六個割っていた。
「多すぎるだろ」
「弁当二つ」
「俺は要らない」
「夜勤、コンビニ行く暇ないって母さんが」
凛太は父の再婚相手の息子で、稔より五つ下。再婚から三年経つが、稔は家にほとんど寄りつかなかった。凛太が専門学校を辞め、今日から配送倉庫で働くことも、母から聞いただけだ。
卵焼き器は熱しすぎて煙が出ていた。稔が火を弱める。
「油、入れた?」
「入れた」
「少ない」
「兄貴ぶるな」
「焦がした弁当持って初日行く方が嫌だろ」
稔は箸を取り、最初の卵液を流した。薄い膜がすぐ固まる。凛太が巻こうとして破り、二人で押し込んだ。
「向いてないな」
「そっちも形悪い」
「端は切ればいい」
「捨てるの?」
「食う」
次の層は凛太が流し、稔が巻いた。少しずつ四角くなる。三本目には、売り物ほどではないが弁当に入る形になった。
おかずは冷凍の唐揚げと、昨夜のきんぴら。凛太が二つの箱へ詰める。大きい方に唐揚げを多く入れた。
「それ、おまえのだろ」
「夜勤の方が腹減る」
「初日も減る」
「緊張で食えない」
稔は卵焼きの焦げた端をつまんだ。甘くない。自分が砂糖を入れ忘れたのだと気づいた。
「母さんのと違うな」
「別にいい」
「おまえ、甘い方が好きだろ」
「食えれば」
凛太は蓋を閉め、片方を稔へ差し出した。輪ゴムの色が違う。青が稔、赤が凛太。実家にいた頃、母がそう分けていた。
「何時に帰る」
「明日の朝」
「鍵ある?」
「昔のは返した」
「じゃあこれ」
凛太は自分の鍵束から一本外した。稔が受け取ろうとすると、卵で濡れた指から滑り、床へ落ちた。二人同時にしゃがみ、額がぶつかった。
「痛っ」
「初日から縁起悪い」
「そっちが落とした」
「渡したのはおまえだ」
笑うほどではないのに、凛太が先に吹き出した。稔も仕方なく笑った。
夜勤を終えて朝帰ると、玄関の灯りがついていた。台所の流しには、赤い弁当箱が洗って伏せてある。青い方を置く場所だけ、隣に空いていた。
稔は音を立てないよう箱を洗い、二つ並べた。鍵は返さず、いつもの鍵束へ付け替えた。