静かな欄外

梢は叔母から届いたメッセージを見て、手が止まった。

〈仕事、辞めたいんだって? お母さん心配してたよ〉

梢がそれを話したのは、昨夜、母とのチャットだけだった。勢いで辞めるつもりはなく、ただ疲れたと書いただけだ。

叔母の文章には、梢が母へ送った言葉がそのまま引用されていた。スクリーンショットで渡されたのだと分かった。

母とのチャットを開く。

〈昨日のやり取り、叔母さんに送った?〉

母はすぐに〈相談しただけ〉と返した。

〈家族なんだからいいでしょう〉

梢は昼休みのベンチで、膝の上の弁当を閉じた。母に話せば、親戚へ回る。だから本音を小さくし、誤解されない言い方に整えてきた。母との会話なのに、いつも画面の外に観客がいた。

〈私の文章を、許可なく人に送らないで〉

〈心配だったから〉

〈心配でも、私の言葉は母さんの持ち物じゃない〉

母から電話が来た。梢は出ず、文字を続ける。

〈これから仕事や恋愛の相談は、このチャットではしない〉

〈連絡事項だけにする〉

〈じゃあ何も話してくれないの〉

梢は少し迷った。全部を閉じたいわけではない。ただ、母が守れない範囲の話を渡すのをやめる。

〈話したいことは電話で話す。その内容も他の人には言わないで〉

〈守れなかったら、また連絡事項だけに戻す〉

長い既読のあと、母から〈分かりました〉と来た。続けて〈叔母さんには私から言う〉

梢は叔母へ、仕事は辞めると決めていないとだけ返した。母とのチャットには、今夜届く荷物の受取時間を送る。

〈十九時以降なら家にいる〉

〈了解〉

叔母へ渡った画像は、梢が〈今日はもう無理〉と書いた部分だけで切られていた。その前の〈退職は決めていない〉も、その後の〈寝たら考える〉も写っていない。母は心配を説明するため、梢の言葉を都合のよい大きさに切り取ったのだ。梢は叔母に画像の続きを送らなかった。切り取られた自分を、さらに証明のため差し出したくなかった。

画面の中は急に事務的になった。寂しさはある。けれど、静かな欄外ができたことで、梢はようやく自分の言葉を、自分の中だけに置いておけた。