非常口まで七歩

白石和花は、二枚の平面図に赤い線を引いた。

一つ目の部屋は南向きで、廊下の突き当たり。窓から空が広く見える。二つ目は北向きで、玄関のすぐ横に非常階段がある。

家賃も広さも同じだった。不動産会社は南向きを勧めた。「女性には明るいお部屋が人気です」と言われ、和花も最初はそちらへ申し込むつもりだった。

今の建物で、先月、深夜に火災報知器が鳴った。誤作動だったが、和花は暗い廊下で出口を見失い、住人の背中について階段まで走った。何事もなかった翌朝、誰にも話さず出勤した。それ以来、間取りを見ると最初に逃げ道を数える。

南向きの部屋から非常階段までは三十八歩。北向きなら七歩。赤い線の長さが、二つの未来を分けていた。

「そこまで気にしなくても」と友人は言った。和花自身も、恐怖に部屋を選ばせることが悔しかった。二十九歳で、陽当たりより非常口を優先する。怖がりな自分を、新居まで連れていくようだった。

申込確認の電話が来た。

「南向きのお部屋でよろしいですね」

和花は平面図を見た。恐怖を無視すれば、恐怖に負けていないことになるのだろうか。

「北向きへ変更してください」

担当者は少し驚いたが、すぐ手続きを進めた。

引っ越し後、和花は玄関から非常階段まで実際に歩いた。一、二、三。七歩目で冷たい扉に触れる。

北向きの部屋を昼に見直すと、床には薄い影しか落ちなかった。和花は観葉植物の種類を変え、乾燥機の料金も計算した。逃げ道を近くする代わりに、日当たりの悪さを毎日引き受ける。恐怖が決めたのではなく、恐怖も条件の一つとして表に載せ直した結果だった。

朝日を失う代わりに、夜の出口を得る。その交換を誰かに理解してもらわなくても、和花は毎晩ここで眠る。

七歩という数字はお守りではない。ただ、眠れない夜に自分で確かめられる距離だった。

空は狭い。洗濯物も乾きにくい。それでも和花は、赤い線を引いた平面図を靴箱の内側へ貼った。怖さを消せなかった自分ではなく、怖さの扱い方を選んだ自分のために。