響石谷の静かな正午
響野ソラの谷は、正午の鐘を一度だけ食べる。
山向こうの町で鐘が鳴ると、音が谷底へ吸い込まれ、青い響石になって岩棚へ並ぶ。自走する籠が石を楽器工房へ届け、収益が領地帳へ入る。響石は一日七個。鐘が何度鳴っても、それ以上は生まれない。
ソラは以前、王都劇場の音響係だった。
黒い制服の襟は擦り切れ、腰袋には緊急用の音叉が十本。稽古、式典、夜会。誰かが声を届かせたいたび呼び出され、静かな時間は故障と見なされた。辞めてからも劇場支配人の連絡石が、日に何度も甲高く鳴る。
ある正午、鐘の余韻が谷へ消えた直後、領地帳が表示した。
〈響石七個、日次納品完了。本日の維持費・生活費を確保しました〉
ソラは岩棚へ行き、響石を数えた。七個。昨日も七個、明日も七個だ。劇場では満席になるたび席を増やし、音が届けばさらに大きくしろと言われた。谷は七個を作った時点で、鐘の残りをそのまま空へ返す。売上を増やすために二度目の鐘を要求しない。限界を守る土地に住むと、自分の耳にも終演の合図が聞こえるようになった。それでいい。
ちょうど連絡石が震える。
『ソラ! 今夜の歌姫が声を通せない。戻って反響板を調整しろ』
「今、谷が音を使い切りました」
『冗談はよせ。倍の手当を出す』
「静かなほうへ倍払ってください」
『何だと?』
ソラは連絡石を耳から離した。支配人の怒鳴り声は小さくなり、谷に吸われる前に風へ散った。
「私は今夜、何も聞かない予定です。戻りません」
『観客が待っているんだぞ』
「私を待たせ続けた睡眠もあります」
切断し、連絡石を厚い箱へ入れる。さらに念のため、劇場時代の耳栓を取り出した。以前は轟音から耳を守る道具だったが、今日は誰にも起こされないために使う。
響石を産み終えた谷は、驚くほど静かだった。
ソラは草の上へ仰向けになり、耳栓をする。正午なのに、夜勤明けのような後ろめたさはない。
七つの音が今日の暮らしを稼いだ。残りの静けさは、全部彼の取り分だった。