首相の最後の護衛
千々石柊馬は、首相を七回守った。
正確には、同じ記憶を継ぐ七つの肉体を守った。
狙撃、爆破、病死。首相・御影宗一郎は死ぬたび、地下施設の予備肉体で翌朝の閣議へ戻った。国民は彼を「不滅の指導者」と呼び、支持率は死のたび上がった。
八体目の宗一郎は、起動直後に柊馬へ言った。
「今度こそ、私を守るな」
冗談だと思った。
だが首相は、代替わりのたびに蓄積された記憶を見せた。戦争を始めた署名、反対派の収容命令、災害時に見捨てた区域。死ぬ直前の恐怖まで七人分ある。
「私は永遠に責任を取れる、と皆は言う。違う。死ねないから、誰も私を辞めさせられない」
辞任すれば与党AIが「判断能力低下」と認定し、新しい予備体へ一世代前の記憶を入れる。自殺しても同じだった。
首相が終わるには、中央記憶庫とすべての予備肉体を同時に失うしかない。
柊馬の任務は、それを防ぐことだった。
建国記念式典の日、反政府組織が施設を襲撃した。
柊馬は侵入者を排除できた。照準の先にいたのは、かつて同じ警護隊で働いた妹だった。収容所で夫を失い、抵抗運動へ加わっていた。
「どいて、兄さん」
無線から首相の声がした。
「命令だ。国を守れ」
どちらの意味か、柊馬には分かった。
彼は防火扉を開けた。
爆発で予備施設は焼け、記憶庫も失われた。宗一郎は式典会場で最後の演説を続けた。自分の罪を一つずつ読み上げ、銃声のあと倒れた。
柊馬は盾を出さなかった。
国家反逆罪の裁判で、彼は首相の命令だったと証言した。証拠はない。命令を記録したAIも消えていた。
懲役二十五年。獄中で彼は、妹と首相の名を同じ回数だけ日記に書いた。どちらか一方を正義にすれば、自分の選択から逃げることになると思った。
出所した柊馬を待つ者はいなかった。妹も爆発で死んでいた。
街の広場には、不滅の首相の像ではなく、七つの空の靴が置かれていた。
柊馬はその前で初めて敬礼しなかった。
守るとは、長く存在させることではない。
終わるべき人生を終わらせるために、そばに立つこともある。
その判断だけが、彼に残された護衛の仕事だった。