香りのない控室

周はイベント前、控室の空調と非常口を必ず撮影した。

「香りのあるものは置かないで」とスタッフ全員へ念を押し、自分の吸入器まで机の端へ並べる。神経質すぎる。私は緊張がほぐれるよう、柑橘のディフューザーをカーテンの陰へ置いた。

美容ブランドの発表会で、私は演出を担当していた。周は発想こそ大胆だが、本番に弱い。照明が落ちると息が浅くなり、台詞を飛ばす。だから最後はいつも私が代わりに登壇し、企画を成功へ運んだ。

終演後、私は泣いている周を抱きしめ、「次は大丈夫」と言った。写真にはいつも、倒れた彼女と支える私が写った。その構図が社内報で好まれることも知っていた。

新作発表では、鏡の前に立つ来場者の影だけが花へ変わる演出を、周と二人で考えた。彼女は「私がプレゼンします」と譲らなかったが、開始十分前、控室で咳き込み、座り込んだ。

私は吸入器を探して渡し、代わりに舞台へ上がった。発表は大成功だった。上司は私の判断力を褒め、周には体調管理を注意した。

翌週、同じ企画の社内報告で周が前へ出た。

「企画と演出は、私が担当しました」

助けてもらったことさえ忘れたらしい。

「当日、話したのは私よ」

「私が話せなくなった理由も報告します」

「また体調のせいにするの?」

「控室は無香料のはずでした」

防犯映像には、私がディフューザーを置く姿が映っていた。さらに、周の吸入器を机から取り、別の引き出しへ移す場面も続いた。

私は安全確認だと説明した。本当に緊急時でも落ち着いて探せるか確かめたかった。香りも微量で、あれほど反応するとは思わなかった。

「前の二回も同じ香料でした」

周は使用済みボトルと日付の写真を出した。私が彼女を救った三つの本番すべてで、控室に同じ香りがあった。

上司は外部調査を決め、社内報のクレジットを周へ戻した。彼女が手柄を取ったのではない。自分の企画を、自分が倒れる仕組みから取り返したのだ。

控室に残った香りは、私が「無香料」と貼り替えた瓶からだけ漂っていた。