骨針が抜ける時

ムルゲン・タルハは、狼旗を革袋に巻き、一本の骨針で留めていた。

旗を開けば、凍った湖の向こうに伏せた橇騎兵が突撃する。開かなければ、こちらは葬列を装ったまま進む。敵は死者を運ぶ列に道を譲るという古い掟を、まだ守っていた。

革袋の中に旗があると見抜かれれば、掟は終わる。

先頭の棺には誰も入っていない。棺板の内側には、湖の氷を割る鉄楔が積まれている。死者の重さを装うため、兵たちは自分の盾まで入れた。帰り道で盾が必要になるかどうかは、誰も口にしなかった。後ろの橇には短槍兵が伏せている。ムルゲンは喪衣を着て、旗竿を墓標のように担いだ。

湖の中央で敵の検分騎が来た。

「誰の葬りだ」

「名を失った者だ」

「棺を開けろ」

「名のない死者は、顔も見せない」

騎兵は笑い、槍先で革袋を叩いた。中の狼旗が硬く鳴る。

「墓標にしては太い」

ムルゲンは骨針へ親指を置いた。今抜けば、敵本隊はまだ岸にいる。橇騎兵が突撃しても、氷上へ誘い出せない。

検分騎の後ろから、さらに十騎が来る。一本の矢がムルゲンの喪衣を裂いた。

「袋を開けろ」

「死者の前で剣を抜けば、おまえの氏族が冬を越せぬ」

迷信を信じているのではない。信じていないと最初に示す役を、誰も引き受けたくない。それだけだった。

検分騎は槍を引いた。そして棺を先に開けようと、馬を横へ寄せた。空だと知れれば終わる。

ムルゲンは旗竿をわざと落とした。骨針が氷へ当たり、半ばまで抜ける。革袋の口から灰色の毛が少し覗いた。

敵騎の目がそこへ集まる。

「狼だ」

叫びが岸へ届いた。敵本隊が一斉に氷上へ出る。罠と気づいたが、旗を奪えば橇騎兵へ合図させずに済むと読んだのだ。

ムルゲンは竿を拾い、走らずに後退した。敵を湖の中央まで引く。骨針は今にも落ちそうで、指一本で支えた。

氷の下から低い割れ音がした。岸の味方が、あらかじめ穿った穴へ楔を打ち始めた合図だ。

敵の先頭が十歩まで迫る。

ムルゲンは骨針を抜いた。革袋が風に剥がれ、銀色の狼旗が凍気の中へ跳ね開く。

対岸の角笛が吠えた。

「橇隊、進め」