黄色いカードの二行目

父からの電話は、日和が防災訓練でもらった黄色いカードを眺めているときに来た。

「緊急連絡先、まだ俺たちの番号にしてるか」

カードには二行あった。一行目は本人の氏名。二行目は、災害や事故のとき最初に連絡してほしい相手。これまでは迷わず父の番号を書いていた。

けれど両親は新幹線で三時間の町に住み、日和の近くには大学時代からの友人がいる。合鍵を預け、熱を出した夜に薬を届けてくれた人だ。現実的には、その友人の番号を書くべきだった。

二十九歳になると、親を外すことが親不孝に見え、親を残すことが幼さに見える。たった十一桁が、どちらの自分になるかを決めるようだった。

「今度のカードは、友達にする」

父は黙ったあと、「俺たちは家族だぞ」と言った。

「分かってる。だから、すぐ来られないのに最初に知らされる役目を背負わせたくない」

本音の半分だった。もう半分は、生活の内側にいる人を自分で選びたかったからだ。

電話を切ると、父から二件のメッセージが届いた。一件目は「好きにしろ」。二件目は、保険証券や連絡先をまとめた共有ファイルのリンク。怒っていても、備えることはやめない父らしかった。

日和は黄色いカードの二行目に友人の名前を書き、スマートフォンの「父」を第二連絡先へ移した。順番を変えただけで、父を失ったわけではない。それでも指が震えた。

友人へ事情を伝えると、「了解。私の一番目も日和にしていい?」と返ってきた。

日和は「いいよ」と送った。選んだ相手に選び返されない可能性も、いつか関係が変わる可能性もある。その不確かさごと、黄色いカードを財布にしまった。

一週間後、本物の地震ではなく訓練の警報が鳴った。日和は机の下へ入り、財布の黄色いカードに触れた。友人はその日、出張で遠くにいると聞いていた。父の番号ならつながったかもしれない。それでも書き換えたい衝動をこらえた。選んだ連絡先は万能ではない。関係も距離も変わるたび、また選び直す必要がある。訓練終了の放送を聞き、日和はカードを戻した。間違う可能性ごと、自分で順番を決めたままにした。