『二重予約の午後』

沢渡結人は転職面接で、前職最大の契約を自分が決めたと語った。

「先方の役員会に一人で乗り込み、三時間で条件をまとめました。場所はホテル青嶺、午後一時から四時です」

面接官の四方田冴は、契約日を確かめた。

「十一月六日ですね」

「忘れません。私の営業人生が変わった日です」

沢渡の推薦状にも、まったく同じ記述がある。役員会での粘り強い交渉が評価され、社内表彰を受けたという。

四方田はホテルの会議室予約票を映した。前職企業は「桜の間」を十三時から十六時まで予約している。参加者欄には沢渡の名もあった。

「問題ないでしょう」

沢渡が言う。

「もう一件あります」

同じホテルの「楓の間」が十三時半から予約され、利用者は沢渡結人。目的は競合会社の採用面談だった。予約に使われた私用アドレスと、今回の応募者アドレスが一致している。

沢渡は、面談は契約交渉後に少し顔を出しただけだと答えた。

「時間が重なっているのは、予約枠が長かったからです」

四方田だけが知る事情があった。桜と楓は可動壁で仕切られた一つの宴会場で、その日は設備故障のため壁が開いたままだった。四方田は当時、契約先の法務担当として桜側にいた。沢渡が楓へ入り、競合の面接官と話し続ける姿を三時間見ていた。

ただし記憶だけでは終わらせなかった。ホテルの入室カード履歴では、沢渡は十三時二十九分に楓へ入り、十六時十八分に退出。桜には一度も入っていない。契約資料の共有履歴で、交渉案を更新したのは後輩の営業員だった。

「私を覚えていないようですね」

四方田が言う。

「桜側の一番端で、可動壁の向こうを見ていました」

沢渡は、契約はチーム全体の成果だと言い換えた。

四方田は推薦状を閉じた。

「面接を受けたことが問題ではありません。別の面接にいた時間を、商談の武勇伝へ変えたことです」

採用予定だった席は、その場で空席に戻った。