稼働後に参加した責任者

広陵システムの執行役員昇進面談で、藤ヶ谷英那は官公庁の大規模移行を代表実績に挙げた。

前職で二百人を束ね、遅延していたシステムを予定日に稼働させた。現在の会社がその案件の元請けだったため、役員たちは成功の大きさをよく知っている。藤ヶ谷の昇進推薦書にも、「発注側責任者としての経験」が太字で記されていた。推薦した役員は、その経歴を理由に反対派を説得している。

監査役の轟木が尋ねた。「当時の利用者IDを覚えていますか」

「旧姓のfujishiro_eだったと思います」

「そのIDは別人です」

轟木は、同じ旧姓を持つ本来の担当者の社員番号を示した。生年月日も所属も藤ヶ谷とは異なる。

藤ヶ谷はすぐに言い直した。「共同アカウントでした。発注側は管理が緩かったので」

轟木は元請けとして保存していた監査ログを開いた。本番稼働までの二年間、藤ヶ谷の氏名、現姓、旧姓、申告したIDのいずれにもアクセス記録はない。本人のアカウントが作られたのは稼働から二年後で、権限は問い合わせ窓口の閲覧者だった。

「管理職はシステムへ直接入らないこともあります」

「では、会議室予約の参加者欄は?」

全体会議百二十四回、障害対策会議三十七回。藤ヶ谷の名があるのは、稼働二年後の利用者説明会一件だけ。役割は〈受付補助〉だった。

藤ヶ谷は声を強めた。「私は裏で調整していました。記録に残らない交渉こそ重要です」。しかし、声を強めるほど、議長の表情は固くなった。

轟木は当時のアカウント対応表を表示した。発注側から元請けへ送られたメールには、人事異動者と旧姓の一覧がCCされている。藤ヶ谷はその時点で前職に在籍しておらず、別会社の派遣社員だったことまで確認できた。

昇進面談の議事録を取っていた若手が、入力の手を止めた。推薦書を作った役員も、藤ヶ谷から目をそらす。

議長は採決画面を開いた。五票の「承認」をすべて無効にする。

「執行役員への昇進決議を撤回します。推薦書の経歴欄は、監査部へ移管します」