『定年延長の条件』

定年延長の面談で、高城みのりは記録係として末席に座っていた。延長を申請した日下部寛は、地域スーパーと移動販売車を結ぶ企画を自分の集大成として説明している。

「若手には出せない、三十年の経験から生まれた案です」

人事部長の宇治田尚は感心し、二年間の延長を示唆した。

みのりは企画書の表紙を見て、口を開いた。

「その資料、私が作りました」

日下部は穏やかに笑う。

「君には入力を頼んだね。勘違いしないように」

みのりは複合機のスキャン履歴を提示した。三か月前、彼女は手書きノート四十六枚を電子化し、自分のフォルダへ保存している。企画書の図と文章は、そのノートから順番まで一致した。ノートには現地で聞いた店主の方言まで書かれ、日下部が説明を求められると、地名さえ一つ取り違えた。みのりは店主三人との面談メールを開き、CCに日下部が一度も入っていないことも示した。彼が初めて資料へアクセスしたのは延長申請の前日だった。

「私の口述をメモしたものだろう」

「スキャンした日は、日下部さんが北海道出張中です」

出張精算と入館記録が表示される。日下部は一週間、本社へ来ていない。さらに共有ファイルのコメントには、出張から戻った彼が『この発想はどこから出た?』と書き、みのりが説明しているやり取りが残っていた。

日下部は声を低くした。だが人事部長は、もう延長申請書へ目を落としていた。

「私が経営会議へ通した。会社では通した人間が責任者だ」

宇治田は会議室予約を確認した。経営会議前夜、日下部はみのりとの面談を予約し、「定年延長の実績に使うので作成者欄を変更してほしい」と頼んでいた。予約メモは削除されていたが、変更履歴に全文が残っていた。

宇治田は延長申請書を閉じた。

「日下部さんの定年延長は認めません」

続いて、みのりの前へ企画書を置く。

「高城さんを事業責任者とし、主任昇格を本日付で推薦します」