おめでとうのケーキ

柚葉の昇進が決まった日、敦子は誰より早くケーキを買った。

同じ部署で六年。柚葉が体調を崩せば仕事を引き取り、資料の誤字を見つければ提出前に直した。上司から注意されないよう、失敗は本人へだけ伝えた。昇進候補の面談でも、「柚葉は人に頼るのが苦手なので、私が支えます」と説明しておいた。

それなのに、選ばれたのは柚葉だけだった。

ケーキのプレートには〈一人で頑張ったね〉と書いてもらった。少し皮肉に見えるかもしれないが、自立を祝う言葉だ。箱を開けた柚葉は、なぜかプレートを写真に撮り、食べようとしなかった。

もう一つ、敦子は贈り物として赤いUSBメモリを渡した。柚葉の過去の資料を整理し、修正版だけを入れてある。異動先で同じミスをしないためだ。

「ありがとう。中、見てもいい?」

その場で開こうとするので、家でゆっくり見てと言った。柚葉は頷き、USBを人事部長へ渡した。

会議室の画面に、敦子が削除したはずのファイルが映った。

柚葉の原案へ敦子が誤った数値を上書きした履歴。提出直前に元へ戻し、自分が修正したよう上司へ報告したメール。柚葉宛ての面談案内を別フォルダへ移し、締切後に「気づかなかった?」と転送した記録。USBには修正版だけでなく、自動保存された編集履歴も残っていた。

敦子は善意だったと説明した。柚葉は完璧に見られすぎるから、少し失敗したほうが周囲に助けを求められる。自分がそばにいれば、致命傷にはならないよう直せる。

「私がいなかったら、何度も困ってたよ」

柚葉は初めて笑った。

「困るようにしたのが、敦子だったんだね」

人事部長は、敦子の端末とUSBを預かった。ケーキだけが会議室に残った。

翌日、敦子は自宅待機を命じられた。心配になり、柚葉へ〈新しい部署、大丈夫?〉と送ったが、届かなかった。

冷蔵庫には持ち帰ったケーキがある。プレートの〈一人で頑張ったね〉から、敦子は「一人で」の部分だけをスプーンで削った。

下のクリームには、店員へ頼んだもう一つの言葉が薄く透けていた。

〈でも、私なしでは無理〉