お客さまは応接間へ

「お客さまは応接間へご案内します」

魔王令嬢ミュゼルに仕える人間の侍女ヴェラは、来客のたび礼儀正しくそう告げた。

角飾りを磨き、蝙蝠便を仕分け、午後の血葡萄茶を用意する。魔族ばかりの城で唯一の人間だったが、怖がる様子も媚びる様子もなく、誰より地味に働いていた。

その日、玄関へ白鎧の男が一人立っていた。

巡礼者を名乗ったが、外套の下には聖銀の杭。

魔族専門の暗殺審問官《白昼》だった。男はヴェラを同族だと思い、低く命じる。

「娘の居場所を言え。人間のお前は見逃してやる」

「ご面会の予約はございますか」

「邪魔をするな」

男が杭を抜き、階段のミュゼルへ投げる。

ヴェラは来客名簿を閉じた。

ぱたん。

音がした時、杭も男も消えていた。

ミュゼルの前には、銀盆を抱えた侍女が立っているだけ。だが壁に掛けられた魔眼の肖像画は、まばたきを忘れて一部始終を見ていた。肖像と視界を共有するミュゼルにも、その動きが伝わる。

ヴェラは閉じた名簿で杭を挟み、その聖力を一頁へ封じた。空いた手で男の影を踏み、指一本で意識を落とす。そのまま玄関の長椅子へ座らせ、外套を掛ければ、居眠りする旅人にしか見えなかった。

人も魔も王も区別せず、戦争を望む者だけを消した伝説の暗殺者《王なし》

二十年前、人魔休戦の署名が成立した陰には、彼女がいたと噂される。

ヴェラは床へ散った聖銀の粉を刷毛で集め、封筒へ入れる。男の武器と審問状も荷物袋へ戻し、胸元へ「国境衛兵へ引き渡し」と書いた札を付けた。玄関の転送扉を一度開閉すると、長椅子から男の姿が消える。

「ヴェラ、あなたは人間側の英雄ではなかったの?」

ミュゼルが小声で問う。

「英雄は暗殺などいたしません」

「では、王なし?」

侍女は答えず、名簿の破れた一頁を暖炉へ入れた。白い炎が上がり、すぐ紫へ戻る。

彼女は銀盆から血葡萄茶を取り、令嬢の前へ置く。

敵も証拠もなくなった玄関で、次の呼び鈴が鳴った。

ヴェラはいつもの礼をし、最初と同じ声で扉へ向かう。

「お客さまは応接間へご案内します」