ひとこと真実店
商店街の花屋の裏に、一枚だけ本音を売る店があった。
知りたい相手の名前を書けば、その人が今、心の底で思っている一文を受け取れる。
代金として、相手にもこちらの本音が一文届く。
母は、遠くで暮らす娘の本音を知りたかった。
電話をしても「元気」「忙しい」しか言わない。
仕事を辞めたことも、同棲を解消したことも、後から人づてに知った。
店主は二枚の封筒を出した。
一枚が母へ。
一枚は、同時に娘のもとへ届く。
「送る本音は選べません」
「困ることが書かれる?」
「本音は、たいてい少し困ります」
母はそれでも頼んだ。
封筒を開ける。
「心配してほしかった。でも、決めてほしくなかった」
母は何度も読み返した。
娘が相談するたび、母はすぐ答えを出した。
仕事を続けなさい。
その人とは別れなさい。
帰ってきなさい。
心配を、命令の形でしか渡せなかった。
同じ頃、娘には母の本音が届いている。
何が書かれたのか怖くなり、母は電話をかけた。
娘は出なかった。
三日後、短い返信が来た。
「必要とされなくなるのが、怖かったんだね」
母の封筒には、その一文が書かれていたらしい。
母は腹が立った。
自分の弱さを、勝手に相手へ見せられた。
けれど否定できない。
娘が自分で決められるようになるほど、母は役目を失う気がした。
一週間後、娘から電話が来た。
「仕事、今探してる」
母は、
「こういう仕事がいい」
と言いかけ、止めた。
「何をしてほしい?」
と尋ねた。
娘はしばらく黙り、
「聞くだけ」
と答えた。
一時間、母は聞いた。
意見を言いたくなれば、紙へ書いて脇へ置いた。
電話が終わる頃、紙は三枚になった。
どれも送らなかった。
数か月後、娘は新しい仕事を決めた。
母が勧めたものとは違った。
失敗するかもしれない。
母は怖かった。
それでも、
「応援してる」
とだけ言った。
ひとこと真実店は消えていた。
二人は本音を一文ずつ交換しただけで、何でも話せる親子にはならなかった。
娘は今も隠すことがある。
母も心配を飲み込めない日がある。
ただ電話の最初に、二人は確認する。
「今日は、聞くだけ?」
「意見も欲しい?」
本音を知ることより、相手が受け取りたい形を尋ねる方が、ずっと長い会話を作った。