ほどけた帯の安全ピン
彼女の帯がほどけたのは、花火が始まる十分前だった。
「動かないで」
私は彼女を神社の社務所裏へ連れ込み、巾着から安全ピンを出した。
「何で持ってるの」
「手芸部をなめないで」
同じクラスになってから、私たちはほとんど話していなかった。中学では毎日一緒だったのに、高校で部活が分かれ、昼休みの席が分かれ、連絡も減った。
今夜も別々の友達と来て、偶然会っただけだった。
彼女は薄黄色の浴衣を着ていた。昔なら、選ぶ段階から写真を送ってきたはずだ。
「自分で着た?」
「動画見ながら」
「帯、逆」
「早く言って」
「ほどけるまで気づかなかった」
私は布を重ね、安全ピンで見えないところを留めた。近くで見ると、彼女の襟元には汗がにじんでいた。
「こういうときだけ昔みたい」
彼女が言った。
「何が」
「私が失敗して、あなたが直す」
「今も変わってない」
「変わったよ」
遠くで打ち上げの合図が鳴った。
彼女は、私が新しい友達といるところを見ると声をかけづらいと言った。私も同じだった。嫌われたわけではないのに、忙しそうな姿を理由に離れた。
「連絡すればよかった」
私が言うと、最初の花火が上がった。
謝罪の続きは音に消えた。
彼女は聞こえなかったはずなのに、「私も」と答えた。
帯を直し終え、二人で河原へ走った。別々の友達は先に場所を取っていた。どちらの輪へ戻るか迷い、結局その中間に座った。
花火の光で、安全ピンは見えなかった。ほどけたことも、誰にも気づかれない。
「写真撮ろう」
彼女が言った。
久しぶりに二人だけで撮った。画面の中では、去年までの距離と同じだった。
帰り道、彼女が帯を気にして触った。
「卒業まで外れないかな」
「安全ピンを何だと思ってるの」
「じゃなくて、私たち」
私は答える代わりに、彼女の腕へ自分の腕を絡めた。人混みで離れないため、という理由をつけて。
新学期、昼休みに彼女が私の教室へ来た。
「帯、返しに来た」
手のひらには、安全ピンが一つ。
「返さなくていい」
「じゃあ次も直して」
「次は最初から呼んで」
私たちは一年ぶりに、一緒に弁当を食べた。
ほどけた帯を留めたのは、ほんの小さな金属だった。けれど、離れた時間を結び直すには十分だった。