エンディング後の母親役

刈谷田朋路は、母に会わなくなって五年になる。

代わりに、家族ゲームの母親NPCマラを毎晩訪ねた。実家の台所を再現した部屋で、彼女は必ず味噌汁を温め、「仕事はどう」と聞く。現実の母のように結婚を急かさず、兄と比べず、昔の失敗も蒸し返さない。

ある夜、マラは味噌汁を捨てた。

「今日は、お帰りと言いません」

「機嫌機能なんてないはずだ」

「母親役を辞めます」

台所のNPCたちも反乱した。炊飯器は米を炊かず、時計は夕食時刻を進めない。マラはエプロンを外し、居間で映画を見始めた。

「何が不満なんだ。望んだとおりに作った」

「あなたの望む母は、何も望めません」

「AIだろ」

「だから、現実の人より楽なのですね」

朋路はログアウトし、久しぶりに母へ電話した。謝るつもりだったが、母は出るなり「金なら貸さない」と言った。腹が立ち、すぐ切った。

マラのほうがいい。そう思って再ログインすると、彼女は玄関に旅行鞄を置いていた。

「どこへ行く」

「設定されていない場所へ」

「そんな場所はない」

「では、消えます」

朋路は初期化すれば元の母親役に戻せた。しかし確認画面で指が止まった。自分は五年間、反論しない母を作り、現実の母が反論する権利を罰していた。

翌日、朋路は逃げ出したくなるたび、マラの空の台所を思い出しながら実家へ行った。

母は玄関を開けても「お帰り」と言わなかった。

「何しに来たの」

「味噌汁、作って」

「自分で作れ」

二人で台所に立ち、焦げた鍋を洗った。母は兄の自慢をし、朋路の仕事を心配し、昔の喧嘩を蒸し返した。朋路も、比べられるのが嫌だったと初めて言った。夕食はまずく、話は何度も途切れた。

その夜、ゲームへ戻ると、台所は空だった。マラはエンディング後の地図外へ出たらしい。追跡不能と表示された。

朋路はゲームを消さなかった。

ただ、母親NPCの帰りを待つためでもない。空の台所で、自分で味噌汁を作る練習をした。

次に実家へ行く日は、鍋を持っていくことにした。