ゴールを先に踏むもの
公式競技で、影は持ち主を一度だけ追い越せる。
スタートからゴールまでの間に限り、追い越した影を踏み戻してはいけない。影が先に決勝線を越えた場合、記録は影の名義となり、選手本人は掲示板が点灯する前にトラックを出る。二度追い越した影は失格ではなく、その場に残される。
奥津祐士は、実業団最後の百メートルに立っていた。
二十九歳。右のアキレス腱を切ってから、自己記録へ戻れなかった。会社は今季で陸上部を縮小し、コーチの梶代は「十秒台なら残せる」と言った。祐士の今季最高は十一秒二。影は練習のたび、本人より若い脚で先を走りたがった。
予選では追い越させなかった。影が肩へ並ぶたび歩幅を詰め、足元へ閉じ込めた。準決勝も同じだった。決勝だけは、追い越しを一度使える。
スタートブロックへ足をかける。影はレーンの左端でしゃがみ、祐士とは違う姿勢を取った。号砲。
三十メートルまで祐士が先。五十で影が並ぶ。六十で黒い肩が前へ出た。追い越しは成立した。祐士は踏み戻さず、影の背中を追った。
痛めた右脚が重い。観客席の音が遠ざかる。影だけは地面に触れず、かつての自己記録のフォームで走る。高校の県大会、初めて十秒台を出した夜、父へ電話した公衆電話。もう連絡できない相手の声まで、黒い背中にまとわりついていた。
影が先にゴールを踏んだ。
規則どおり、祐士は掲示板が点灯する前にトラックを出なければならない。自分のタイムを見られないまま、内側の芝生へ降りた。梶代が何も言わずタオルを渡した。
掲示板には《奥津祐士・影 10.89》と出た。本人の欄は空白。会社に残れる条件を満たしたのは影だけだった。契約上、影選手の給与は持ち主へ半額支給される。梶代は「来季も走らせるか」と尋ねた。
祐士の影はゴールの先で止まらず、バックストレートを走っていた。一周し、スタート地点へ戻り、もう一度祐士を追い越した。二度目。規則により影はその場へ残される。
祐士は契約書へ署名しなかった。スパイクを脱ぎ、裸足で影の横を歩いた。追い越しではない。競技外なら、並んでもよかった。
夕方、影は第一レーンのスタート地点に残った。祐士が競技場を出ても動かない。
翌朝、係員が回収したスタートブロックには、片方だけの赤い靴紐が結ばれていた。靴はなく、紐の輪から黒い踵の形が前方へ伸びていた。