ソファの中の綿
哲生は、望がソファを捨てようとしていると聞いて実家へ来た。
父と望の母が再婚した日に買った、濃い緑の三人掛け。二十年使い、中央は沈み、猫に引っかかれた跡もある。父が亡くなり、母が小さな部屋へ移ることになって、処分品の赤いシールが貼られていた。
「粗大ごみ、明日」
「直せる」
「直してどうする」
「俺が持ってく」
「部屋に入らないだろ」
哲生は返事をせず、シールを剥がした。家具職人ではないが、動画を見て補修材を買ってきていた。
二人でソファを裏返す。底布を外すと、劣化したウレタンの粉と、灰色の綿がこぼれた。望が掃除機をかけ、哲生が切れたウェビングテープを張り直す。
「父さん、ここで寝てたな」
「いびき、うるさかった」
「おまえ蹴ってた」
「起きなかったし」
ソファの隙間から、百円玉、ボタン、古い映画の半券が出てきた。半券の日付は、親たちが再婚した翌月。裏には、子どもの字で〈四人〉と書かれていた。誰の字か、二人とも分からなかった。
新しい綿を詰め、破れた布を内側から縫う。猫の爪痕は残した。全部を新しくすると、別の家具になる気がした。
作業は夕方までかかった。起こしたソファへ二人で座ると、中央の沈みはほとんどなくなっていた。ただ、左側だけ少し硬い。
「失敗だな」と望が言う。
「おまえが綿入れすぎた」
「そっちが止めなかった」
「座ってれば馴染む」
哲生はメジャーを取り出し、玄関までの幅を測った。やはり自分の部屋には入らない。
「母さんの新居は?」
「置く場所ない」
「じゃあここ」
「家、売るんだぞ」
「売れるまで」
望は赤い処分シールを丸め、ゴミ箱へ捨てた。
家の売却は予定通り進めることになった。内見の日、ソファはリビングに残された。望は左、哲生は右に座り、不動産会社の説明を聞いた。中央だけ空いている。
帰り際、哲生が「次の内見、いつ」と聞くと、望は日付を答えた。
「来なくてもいいけど」
「左側、まだ硬いだろ」
「座りに来るのか」
「馴染ませる」
望は玄関の鍵を閉めかけ、思い出したように小さなキーボックスの番号を伝えた。哲生は復唱しなかった。それでも次の週、先に家へ入り、ソファの右側に座った。
左側には、望が脱いだ上着が置かれていた。中央は空いたまま、誰かが帰ってきても座れる幅を残していた。