バックアップは二つ

ゲーム会社のテストサーバーは、午前零時に初期化される予定だった。

八代未苑は、必要な記録は正式なチケットに残せば十分だと思っている。立花蛍子は、消える可能性のあるものは二か所に保存する。二人の机には、未苑の空っぽの引き出しと、蛍子のラベル付き記録媒体が並んでいた。

夕方、契約テスターの女性から未苑へメッセージが届いた。社内チャットで、上司から容姿や交際歴を尋ねられ続けているという。証拠の画面を添えたが、相談窓口へ出す勇気はまだない。まずゲーム内の不具合として、チャット履歴が消えないか確認してほしいと書かれていた。

未苑は正式な相談でなければ扱えないと言った。蛍子は、正式になるまで証拠が残る保証はないと言った。

「本人が決めること」

「消えたら、決める材料もなくなる」

「勝手に持ち出せない」

「勝手に公開もしない」

初期化まで二十分。管理者から、古いログを保存せず消すよう通知が来た。容量不足が理由だった。

未苑はチケット作成画面を開いた。蛍子は記録媒体を差した。二人とも一度、相手の手を見た。

未苑は相談者へ、保存範囲と閲覧者を明記した確認を送った。返信は《お願いします》の一行だった。

二人は同時に保存を始めた。未苑は社内の限定チケットへ、蛍子は権限を絞った監査用媒体へ。同じデータを、異なる規則で守る形にした。

初期化後、上司は「私的な会話を大げさにするな」と言った。未苑は感情ではなくログ番号を読み上げ、蛍子は複製の封印番号を渡した。長い抗議はしなかった。

相談者には、保存先と削除を求められる期限を二人の連名で返した。未苑は閲覧記録を自動で残す設定を入れ、蛍子は媒体の持ち出しを禁止する封印を貼った。証拠を守ることが、本人から扱い方を奪うことにならないよう、二つの仕組みを重ねた。

未苑は今も、手順なしの保存を危険だと思う。蛍子も、手順が人を待たせることを嫌っている。

退勤前、二人は保管庫へ行った。未苑が鍵を回し、蛍子が媒体を入れる。扉が閉まるまで、二つの表示灯を一緒に確認した。