ベンチの九番目

八人登録のフットサルチームは、ベンチに九脚の椅子を置く。

九脚目は、監督が試合中に出すべきだったと思う選手のためのものだ。敗戦後、監督はその選手のビブスを背もたれへ掛ける。同じ選手のビブスが三度掛かったら、本人は消灯までに両足のシューズを椅子の下へ置く。つま先がコートを向けば残留、出口を向けば退団。左右を別方向へ向けても、誰も直してはいけない。

椨木は二十八歳で、チーム最年長だった。

仕事を終えてから練習へ通い、遠征費は自分で払った。右膝には古い手術痕があり、冷える日はテーピングを一周多く巻いた。試合に出なくても、ベンチで汗が冷えるまでユニフォームを脱がなかった。若手より足は遅いが、相手の癖を読むのは得意だった。監督は「必要なときに出す」と言い、必要なときほど別の選手を使った。

一度目のビブスは、逆転負けした開幕戦。二度目は、椨木が得意な守備陣形を崩されて負けた試合。三度目は、昇格が消えた最終節だった。

椨木は毎試合、誰より早く会場へ来て九脚を並べた。余分な一脚だけはラインの外へ五センチ離す。いつ自分のビブスが掛かっても、脚ががたつかないよう、折り畳み金具へ油まで差していた。

ロッカールームへ戻ると、九脚目に椨木の黄色いビブスが掛かっていた。

監督は謝らなかった。椨木も理由を聞けない。規則は、使われなかった可能性について会話することを認めていなかった。

消灯まで十五分。若手たちは着替えながら、来季の話を避けた。椨木の会社では来月から夜勤が増える。恋人には、スポーツを続ける年齢なのかと聞かれた。残る理由も、辞める理由も、どちらも他人へ説明する形になっていた。

椨木はシューズを脱いだ。

右足をコートへ向け、左足を出口へ向けて、九脚目の下へ置いた。

誰も直さなかった。監督は照明を落とし、チームは二つの方向を残したまま体育館を出た。

翌朝、清掃員が九脚目を見つけた。右のシューズには白いライン用粉がいっぱいに詰まり、左のシューズには新しい入館証が差し込まれていた。

入館証の所属欄には、チーム名ではなく《九番目の選手》とあり、有効期限だけが両方向の矢印で印刷されていた。