ラジオは少し眠っている

 逆井冬弥の祖母は、毎朝六時に古いラジオをつける。

 天気予報、交通情報、続いて流れる昔の歌。

 ある冬の朝、つまみを回しても音が出なくなった。

「壊れた?」

 祖母が不安そうに訊く。

 祖父はラジオを持ち上げ、

「少し眠ってるだけだ」

 と言った。

 冬弥もすぐ頷いた。

「昼には起きるよ」

 本当は、裏蓋を開けても原因が分からなかった。

 祖母が買い物へ出たあと、祖父と冬弥は食卓へ工具を広げた。

 埃を払い、古い電池を替え、切れかけた線を見つける。

「直せる?」

「直せることにした」

「それ、朝の嘘と同じ?」

「心配させないための予定だ」

 二人で電器店へ行き、細いコードとはんだを買った。

 祖父の手は少し震えたので、冬弥が線を押さえる。

 はんだが溶けると、金属の匂いと白い煙が上がった。

「ばあちゃんには、内緒な」

「昼に起きるって言った」

「夕方まで寝かせよう」

 作業は思ったより長くかかった。

 途中で祖父が昔の話をした。

 祖母と初めて旅行へ行ったとき、このラジオを持っていったこと。夜の宿で、二人が好きな歌を偶然聞いたこと。

「だから捨てたくないんだ」

 祖父はねじを一本、掌で転がした。

 夕方、つまみを回す。

 雑音のあと、低い声が聞こえた。

 二人は同時に息を止め、音量を上げた。

 ちょうど昔の歌が流れていた。

 祖母が帰宅すると、祖父は平然と言った。

「昼寝が長かった」

「ずいぶん埃っぽい寝顔ね」

 祖母は食卓の工具跡を見た。

 それでも何も追及せず、ラジオの前へ座った。

「ちゃんと起きたでしょう」

 冬弥が言う。

「二人で起こしたんでしょう」

「自然に」

「そういうことにしておく」

 祖母は台所から三人分の甘酒を持ってきた。

 生姜の香りが湯気へ立ち、ラジオの少し掠れた歌声と混じる。

 祖父と冬弥は、秘密がばれていることを知った。

 祖母も、二人が知っていると分かっていた。

 それでもラジオは眠っていただけ、という話を三人で守った。

 直した線や震える手を心配の種にせず、また歌が流れた朝だけを覚えておくための、小さく温かな嘘だった。