一パーセントの現在地
冬木琴乃は、相手を縛らないことを安全装置にしていた。
東京と静岡。佐伯颯真とは週末ごとに会っていたが、連絡の回数も予定も互いに縛らないと決めている。
前の恋人から「重い」と言われた記憶が消えず、寂しくても聞かなかった。返信を待っていると気づかれないよう、既読をつける時間までわざと遅らせた。颯真の街の天気を調べても、話題には出さなかった。今どこ、誰といる、次はいつ会える。どれも口にすれば嫌われる気がした。
その夜、静岡で颯真と会った帰り、琴乃は乗り換えの列車で寝過ごし、終点近くの無人駅に降りた。上りの最終列車は十分後。スマートフォンの電池は二パーセントだった。駅前の店は閉まり、タクシー乗り場にも車は一台もいない。
颯真に電話する。
「迷った?」
「迷ってない。ちょっと乗り過ごしただけ」
「駅、どこ?」
「自由に帰るから大丈夫」
一度目は強がりだった。
「位置情報送って」
「そこまでしなくても」
「迎えに行けるかもしれない」
「遠いよ。颯真は自由にしてて」
二度目は、助けを断るためだった。
ホームの照明が一つ消えた。時刻表では、最終列車まで六分。電池は一パーセントになる。
「琴乃。一人で抱えるのが約束だった?」
「そういう意味じゃない」
「じゃあ、俺が行きたいっていう選択も取らないで」
逃げられない言葉だった。電話が途切れかけ、颯真の声が機械音になる。
「前の人と俺を一緒にしないで」
「してない」
「してるよ。嫌われる前に、自分から距離を作ってる」
最終列車の灯りが、遠くのカーブに見えた。乗れば帰れる。けれど電池が切れたあと、颯真には無事を知らせられない。
「自由でいたい」
「うん」
「でも、見つけてほしい時はある」
言い直した瞬間、電池残量の警告が画面を覆った。
琴乃は通話を閉じ、地図アプリの〈現在地を共有〉を押した。共有時間は一時間。宛先に颯真を選ぶ。
送信済みの表示が出た直後、画面が暗くなった。
琴乃は来た最終列車に乗らず、駅前の明るいベンチへ移った。十五分後、街道の向こうから颯真の車のライトが二度点滅した。