一ページ目のしおり

橋場朔美は、日曜の午後六時に図書館の本を開いた。

返却期限は今日。借りたのは二週間前で、四百ページある小説だった。休日ごとに少しずつ読むつもりだったのに、栞はまだ一ページ目に挟まっている。

今日は午前中に百ページ読むと決めていた。紅茶を淹れ、本を持ってベッドへ入ったところまでは覚えている。目覚めたとき、紅茶は冷え、窓の外では街灯がつき始めていた。

スマートフォンには図書館から〈本日が返却期限です〉という通知がある。朔美は、自分が本を読む人ではなく、本を借りて安心する人になった気がした。買っただけの本、保存しただけの記事、始めるつもりの趣味。眠った日曜日が、それら全部の証拠に見えた。

返却箱へ行けば間に合う。けれど、まだ読みたい気持ちもあった。読みたいのに読まなかったことが、いちばん説明しづらい。

朔美は一ページ目を読む。登場人物が窓を開けるところまでで、三分かかった。次のページへ進もうとして、同じ行を二度読んだ。

図書館のサイトを開き、延長ボタンを押した。予約は入っておらず、期限が二週間先へ伸びた。問題は簡単に片づいたのに、罪悪感だけは画面に残った。

机の上にあったドラッグストアのレシートを細く折り、八ページ目へ挟む。今日読めたのは七ページ。百ページには遠い。

それでも、一ページ目に挟まったままだった栞は動いた。読書家である資格を取り戻したわけでも、休日を有効にしたわけでもない。

折ったレシートには、風邪薬とティッシュを買った日付が印字されていた。忙しかった二週間を説明するには頼りない紙だったが、朔美は言い訳の証拠としてではなく、ただの栞として使った。読めなかった理由を本へ納得してもらう必要はない。本は閉じても、八ページ目で待っている。

本の背には図書館の透明なシールが貼られ、何人もの手を渡ってきた擦れがあった。朔美の二週間だけで、物語の時間が止まるわけではない。

朔美は本を閉じ、冷えた紅茶を流しへ捨てた。読みたい気持ちは、今日読めなかったことで失効しない。二週間後の自分へ、八ページ目を渡して眠ることにした。