一口だけのソーダ

文化祭の閉会式が終わったあと、放送係の彼は声が出なくなった。

朝から校内放送、舞台進行、迷子案内。最後の挨拶まで叫び続け、喉が完全に潰れた。

「水、買ってくる」

私が言うと、彼は自販機の炭酸飲料を指した。

「それ、喉に悪いでしょ」

口だけで「いい」と言う。

仕方なく一本買った。

缶を開け、一口飲んだ彼は、刺激に顔をしかめた。

「ほら」

「……効く」

かすれた声が出た。

「出てない」

「出た」

「虫くらい」

体育館裏の階段へ座った。校舎では片づけが続き、遠くで机を運ぶ音がする。

彼はスマートフォンへ文字を打った。

『最後の放送、聞こえた?』

「聞こえた。噛んでた」

『そこじゃない』

閉会の言葉の最後に、彼は原稿にない一文を足した。

『今日を一緒に作った人へ、ありがとう』

クラスメートは文化祭全体への言葉だと思っただろう。

私は、自分への言葉ではないかと少し期待した。

「誰に言ったの?」

彼は炭酸をもう一口飲み、咳き込んだ。

スマートフォンへ打つ。

『一番近くでカンペ出してた人』

それは私だった。

胸が熱くなった。

「ありがとうだけ?」

彼は画面を見たまま固まった。

次に打った文章は、途中で何度も消えた。

最後に、缶を私へ差し出した。

「一口だけ?」

彼はうなずいた。

同じ飲み口へ口をつけるのが恥ずかしくて、缶を回した。

一口飲む。炭酸が強く、喉が痛い。

「これで何が分かるの」

彼はかすれた声で言った。

「同じ」

「何が」

また声が消える。

彼はスマートフォンへ一文字ずつ打った。

『好き』

私は炭酸のせいで咳き込み、返事ができなかった。

彼が不安そうな顔をする。

「今のは喉。返事じゃない」

声を整え、もう一口飲んだ。

「私も」

今度はきちんと届いた。

翌日、彼の声はさらに出なくなった。

教室では筆談しかできず、クラスメートにからかわれた。

彼はノートへ書いた。

『文化祭の代償』

私は隣に、

『告白の代償』

と書き足した。

彼は赤くなり、ページを閉じた。

そのノートだけは、卒業まで捨てなかった。