一度目の内定
黒瀬蘭が受け取ったのは、転職活動を始めて初めての内定だった。
応募五十二社、書類通過九社、最終面接三社。メールの「採用」の二文字を見た瞬間、泣くより先に、もう面接をしなくていいと思った。
内定先は中堅の通販会社。仕事内容も給与も希望の範囲内だった。ただ、明日には第一志望の会社の最終面接がある。結果が出るのは一週間後。内定の返答期限は今日だった。
画面には二件のメールが並んでいる。
〈ぜひ当社で力を発揮してください〉
〈明日の最終面接でお待ちしております〉
第一志望を受けてから決めたいと相談したが、期限の延長はできないと言われた。蘭は何度も会社の口コミを読み、点数の高いほう、低いほうを行き来した。
最初の内定へ飛びつけば、焦って妥協したと思うかもしれない。断って第一志望に落ちれば、手にあったものを捨てたと後悔する。
二十九歳の誕生日まで四日。数字が、どちらかを早く選べと背中を押す。
第一志望と呼んでいた会社は、知名度が高く、友人に話したとき反応がよかった。だが、最終面接で何をしたいかと聞かれても、社名以外の答えが薄かった。順位は自分の希望ではなく、他人に説明したときの拍手でつけていたのかもしれない。
蘭は内定先の募集要項をもう一度読んだ。第一志望と比べず、その仕事だけを見た。面接で会った社員の話、任される業務、通勤時間。嫌ではない。むしろ、働く自分を具体的に想像できた。
「一番」を待つことと、自分で十分だと思えるものを選ぶことは違う。
蘭は内定を承諾し、明日の面接を辞退した。送信後、第一志望のメールを消せずにしばらく眺めた。もっと良い未来だった可能性は残る。残ったままでいいと思った。
承諾した会社が運命だったことにするつもりはない。合わなければ、また選び直す。それでも今回は、落とされ続けた自分を救うためではなく、この条件で働くと自分が決めた。
蘭は五十二社分の応募一覧を閉じ、内定通知だけを新しいフォルダへ移した。名前は〈正解〉ではなく、入社日の日付にした。