一本を残す夜
椎橋灯子は、二十四歳で最初の白髪を見つけた。
それから三年、洗面台の引き出しには専用の毛抜きがある。出かける前に分け目を探し、光る一本を見つけるたび抜いた。数が増えるほど時間も増え、頭皮に小さな赤い点が残った。
「若いのに」と言われるのが怖かった。驚かれる前に見つけ、見つけられる前に抜く。白髪が増えた日より、見落としたかもしれない日の方が落ち着かなかった。
土曜の夜、知人に紹介された人と食事をする予定だった。恋人を作ると決めたわけではない。ただ予約した店で二時間話すだけ。それでも灯子は夕方から鏡の前に座り、白いものを一本ずつ探した。
五本目を抜いたとき、毛根に血がついた。分け目をずらすと、短い白髪がさらに見える。長いものを抜いてきたため、途中まで伸びた毛が何本も立っていた。
待ち合わせまで三十分。全部抜くには足りない。染めるにも遅い。
灯子は焦って短い一本を毛抜きで挟んだ。うまくつかめず、何度も頭皮を引っかく。鏡の中で、眉間に皺を寄せた自分がこちらを睨んでいた。
白髪より、その顔の方が疲れて見えた。
灯子は毛抜きを置いた。短い一本は分け目の近くで光っている。整髪料で寝かせることもせず、指で髪を整えただけで立ち上がった。
抜かないという選択は、鏡の前では何もしないことに見えた。けれど灯子には、毛抜きを持つ手を離す方がずっと具体的な動作だった。
駅まで歩く間、街灯の下に出るたび頭頂部を気にした。店の入口のガラスにも自分が映った。それでも化粧室へ寄らず、予約名を告げた。
食事は、特別に運命的でも、耐え難く退屈でもなかった。相手は辛い料理が苦手で、灯子は地図を読むのが苦手だった。会話が途切れたときは水を飲み、二時間後に別れた。
帰宅して髪をほどく。白い一本は、朝と同じ場所に残っていた。誰かが気づいたかは分からない。灯子自身は何度も気づいたが、そのたび抜かずに夜を終えた。
毛抜きを引き出しへ戻し、奥へ押す。
明日の朝も白いままだろう。そのことを確かめるために、今夜もう一度鏡を見るのはやめた。