三ミリの砂
宇賀神理央技官は、試料瓶の底に沈んだ三ミリの黒砂を見ていた。
相良朔の作業靴から採取され、遺体遺棄現場の海浜砂と一致した証拠。十六年前の未解決事件を動かした決め手として、再鑑定報告書はすでに印刷されている。
「署名だけでいい」
穂積賢吾科学捜査研究所長が言った。
「鉱物組成、貝殻片、磁性粒子、すべて現場試料と一致している」
「一致しすぎています」
「何だと」
理央は二本の試料瓶を並べた。一方は現場砂。もう一方は相良の靴底。比率は小数点以下まで同じで、希少な赤い有孔虫殻の欠片まで同じ割れ方をしている。別々に採取した砂が、同じ欠片を共有することはない。現場瓶から一部を取り、靴底試料へ移したとしか考えられなかった。
「標準化のため混合しただけだ」
「混合した試料を、靴から採取した原物として提出するんですか」
「相良は当時、現場近くで働いていた。被害者とも面識がある」
理央は受付時の写真を開いた。相良の靴から落ちた土は淡い灰色で、花崗岩の石英が多い。試料瓶の蓋は白。現在の瓶は黒い砂で、蓋は青だった。受付番号は同じだが、ラベルの下に別事件の番号が透けている。
「瓶ごと替わっています」
穂積は窓のブラインドを下ろした。
「十六年だ。遺族は待っている。相良にはアリバイもない。ここで科学が背を向けたら、事件は永遠に閉じない」
「科学が背を向けたんじゃありません。誰かが科学を向け替えたんです」
「所長に逆らえば、君の研究費も任期も終わる」
理央は黒砂を見た。三ミリあれば、人を現場へ運べる。だが、それは靴に付いた距離ではなく、誰かの指先が動かした距離だ。
自動分析装置には、受付当日の灰色試料のスペクトルが残っていた。主成分は石英と長石。海浜砂の磁鉄鉱とは一致しない。削除指定が出ていたが、まだ夜間バックアップに残っている。
理央は二つのスペクトル、瓶の写真、同一の有孔虫殻を補充報告へ添付した。印刷済みの鑑定書を破らず、その上に『撤回』と赤く押す。
穂積の机へ黒砂の瓶を置き、原データを検察の再鑑定窓口へ送信した。