三分遅れの百万円

駅の有人改札で、白砂谷剛玄は時刻表を叩いた。

「電車が三分遅れた。取引に間に合わなかったら百万円の損害だ。タクシー代とホテル代、それに慰謝料を払え」

駅員が遅延証明書を案内すると、白砂谷は胸ぐらへ手を伸ばしかけた。

「紙切れで済むと思うな。お前の名前を出して会社へ訴える。次の特急を無料で止めろ」

横の精算窓口にいた、和装コートの大男が振り向いた。山刀伐真義。白髪混じりの坊主頭で、手には太い杖がある。

「三分の遅れで、乗るはずだった列車を間違えていませんか」

白砂谷が怒鳴る。

「老人は黙ってろ」

山刀伐は弁護士証を見せた。鉄道会社で駅長を務めた後、運輸問題を扱う弁護士になった人物だった。

駅員が乗車券を確認すると、白砂谷の指定席は一時間前の列車だった。入場記録は出発五分後。三分遅れたのは現在ホームにいる別の普通列車で、白砂谷の乗り遅れとは関係がない。

「商談に遅れたのは駅の時計が狂っていたからだ」

山刀伐が構内時計を指す。すべて標準時と同期し、秒単位で完全に一致している。防犯映像には、白砂谷が駅ビルの喫茶店で時間を過ぎても電話を続け、発車案内を見て走り出す姿が映っていた。

白砂谷は、自分は重要顧客だから特別列車を用意しろと要求した。

「列車は一人の面子で走りません」

山刀伐の声が低くなった。

「駅員へ触れれば、遅延の苦情ではなく暴行の問題になります。特急を止めると迫れば、他の利用者への妨害です」

駅の警備員が到着し、白砂谷を窓口から離した。鉄道会社は規則どおり、未使用区間の払い戻しから手数料を差し引くと説明した。百万円の補償も、無料特急もない。

さらに白砂谷が駅員の顔を無断で生配信していたため、撮影停止と削除を求める正式な警告が出された。

払い戻し額千二百四十円が端末へ表示され、山刀伐が威迫行為の目撃者として署名した瞬間、三分を百万円に変えるつもりだった男だけが、一時間の遅刻と自分の怒鳴り声を確かな記録に変えた。