三十日目の卵
冬になると鶏が卵を産まず、王都のパン屋から菓子が消えた。
春には卵が余って銅貨一枚、冬には十倍でも手に入らない。
去年の冬至祭では、王宮注文の焼き菓子を半分しか納められず、店は違約金を背負った。今年も同じなら看板を差し押さえられる。
親方モルタは、見習いの常盤奈緒が春卵を買い集めるのを叱った。
「一月後には腐る。店の金をどぶへ捨てたな」
奈緒は産みたての卵を洗わず、灯りに透かしてひびのないものだけを選んだ。
石灰を溶かして一晩置き、上澄みの澄んだ水を大壺へ満たす。殻をぶつけないよう一つずつ沈め、すべて液面の下に収めた。
親方は同じ日の卵を籠にも残し、必ず腐敗を証明すると宣言した。
「茹でもせず水漬けか」
「殻の小さな穴を塞ぎます」
三十日後、借金取りと王宮仕入れ係まで集め、親方は公開の場で壺を開けさせた。
籠に残した普通の卵は、殻が軽くなり、割ると黄身が潰れた。硫黄の臭いに借金取りが鼻を覆う。
奈緒の卵は、布で液を拭いてから割ると、白身が広がりすぎず、黄身が丸く盛り上がった。皿を傾けても中心から動かない。
それを泡立てると、籠の卵では立たなかった白い角ができた。砂糖と粉を合わせ、同じ窯、同じ時間で焼く。
奈緒の生地は高く膨らみ、指で押すと戻った。隣の古卵の生地は半分の高さで、中央が沈む。春と同じ卵の香りが厨房へ広がった。
モルタは疑って二個目、三個目を割った。借金取りが壺の底から選んだものまで、三十個すべて無事だった。
春に百個買っても銀貨十枚。
冬に百個なら銀貨百枚。壺と石灰、選別で外した卵の代金を引いても、利益は七倍になる。違約金を払う側から、冬の菓子を独占して売る側へ変われる数字だった。
試食に来た王宮厨房の仕入れ係は、焼き菓子を一口で食べ切り、季節外れの注文書を出した。
「冬至祭用、卵二千個分の菓子を頼む」
モルタは奈緒から会計札を取り上げる代わりに、工房長の鍵を渡した。
その日のうちに、春卵を沈める壺百個の発注が決まった。