不在者会議局
重要な決裁に必要な人物が会議へ出られない場合、その人の椅子を不在者会議局へ送る。会議室を空にし、議題を座面へ置いて十分待つ。椅子が机へ向いて戻れば賛成、扉へ向けば反対、横向きなら保留。誰も座ってはいけない。会議局の場所は不明だが、椅子は必ず結論を持って帰ってきた。
建設会社の安全管理をする薄羽は、河川工事の再開会議を担当した。豪雨で仮設橋が崩れ、現場責任者だった兄が亡くなってから三か月。原因調査は終わっていないが、発注者は工期を急いでいた。
再開の最終判断には現場責任者の承認が必要だった。後任はまだ決まらず、規程上の責任者欄には兄の名が残っている。
役員は「不在者会議局に聞けばいい」と言った。死者も欠席者に含まれる。それは誰も疑わない。
薄羽は兄が使っていた傷だらけの折り畳み椅子を現場から運んだ。座面へ議題を置き、会議室を出る。扉の向こうで、濡れた作業靴が床を擦る音がした。
十分後、椅子は扉へ向いていた。反対だった。
役員は顔をしかめたが、規則には従った。再開は一週間延期された。その間に追加調査を行うと、橋脚の固定金具が設計より二本少ないことが分かった。事故前、兄が送った警告メールも発見された。
会社は下請けの施工ミスとして処理しようとした。薄羽は再び会議を開いた。議題は〈事故責任を公表する〉。兄の椅子を送ると、今度は横向きで戻った。
保留なら、資料を一つ追加して再審査できる。薄羽は兄の警告メールを印刷し、座面へ置いた。十分後、椅子は机へ向いていた。
公表すれば受注を失う。役員は「本当にこの椅子が兄さんの意見だと思うのか」と尋ねた。薄羽は答えなかった。不在者の理由を解釈することも規則で禁じられている。
彼は賛成票として議事録へ記載し、事故資料を監督官庁へ送った。
翌朝、兄の椅子は会議室から消えていた。現場の河原で見つかった。増水した泥の上に四本脚で立ち、座面には乾いた黄色いヘルメットが置かれている。
ヘルメットの中には雨水がいっぱいに溜まり、その底を親指ほどの銀色の魚が一匹泳いでいた。魚の背には、足りなかった二本の固定金具が、骨のようにまっすぐ生えていた。