主役の席は台所ではない
瀬尾千佳は、テレビ取材が入ると聞いて張り切った。
番組の企画は「名家の丁寧な暮らし」。千佳は自分が主役だと思い、彩葉には料理を作らせたうえで、撮影中は台所から出ないよう命じた。玄関の花も、食器も、彩葉が手配したものだったが、千佳は台本に自分の手柄として書き込んだ。彩葉の椅子だけは画面に映らない隅へ置かれていた。
「あなたの実家は広告関係の小さな会社でしょう。余計なことを話すと、瀬尾家の品が疑われるわ」
彩葉は完成した料理を並べ、静かにエプロンを外した。
撮影隊が到着すると、ディレクターは千佳の挨拶もそこそこに彩葉を探した。
「鳴海彩葉さんはどちらですか。会長もまもなく到着されます」
千佳は台所を指して笑った。
「嫁なら裏にいます。家事担当ですから」
スタッフの表情が固まった。
玄関から、鳴海メディアグループ会長と番組編成局長が入ってくる。新聞、放送局、映画会社、配信サービスを世界展開する巨大企業のトップだった。今回の番組を放送する局も、制作会社も、配信先も鳴海グループである。千佳が毎朝欠かさず読む新聞まで同じ一族の会社だった。
会長は彩葉の父だった。
「結婚後の暮らしを撮りたいと言われて、娘が迷惑でなければと許可したんだが」
千佳の声が裏返る。
「娘……? 広告会社では?」
彩葉は答えた。
「グループの広告制作部門で働いていた、と話しました」
ディレクターが企画書を開く。
番組タイトルは『巨大メディア一族の令嬢、愛だけで選んだ結婚』。主役欄には彩葉の名しかない。千佳は家族として数分登場する予定だった。
千佳は慌てて彩葉の隣へ座ろうとした。
「まあ、母娘のように仲良く暮らしているところを撮っていただきましょう」
彩葉は、台所に置かれていた自分用の折り畳み椅子を見た。
編成局長がスタッフへ指示する。
「事前説明と実態が異なります。嫁を台所へ隠す演出は不要です。そのままの関係を記録してください」
カメラが回り、赤いランプが点いた。
司会者が彩葉のために中央の椅子を引く。
「本日の主役、鳴海グループ唯一の後継者、瀬尾彩葉さんです」
千佳が用意した完璧な笑顔は、画面の端で凍りついた。