九つの首に一つの終止符

伏見慧が召喚された地下闘技場では、鑑定結果を実戦で確かめる決まりだった。

黒い石板は《魔力0》を示し、観客席の貴族が退屈そうに欠伸をする。

「能力なし。魔獣の餌としてなら、結果だけは残せそうだ」

処刑伯が合図し、鉄門を開けた。

出てきたのは、九つ首の不死蛇だった。一本切れば二本に増え、焼いても毒霧から蘇る。勇者候補を選別するため、これまで百人以上を喰わせたという。

慧の視界には、石板が読めなかった文字が一つだけ浮かんでいた。

《終止符》

始まっているものひとつを、一度だけ完全に終わらせる。

不死蛇が鎖を引きちぎる。処刑伯は安全な観覧室へ下がり、結界を閉じた。慧だけが砂の上に残される。

九つの口が同時に開く。

能力の対象候補が並んだ。

《鑑定式》

《処刑伯の治世》

《不死蛇の空腹》

《不死蛇の再生》

《不死蛇の生命》

慧は最後の項目を見て、首を振った。

殺すだけなら、また別の魔獣が餌にされる。終わらせるべきものは、その一つ上にあった。

彼は一度だけ、不死蛇へ向けて指を差した。

「お前の不死を、終わらせる」

《終止符》

派手な光は出なかった。

ただ、九つの額にあった無限の紋章へ、黒い点が打たれた。円だった紋章が一本の線で閉じ、再生を示す輪がほどけて消える。

不死蛇は慧の目前で止まった。

長い年月、死ねずに濁っていた十八の瞳が、初めて澄む。巨体は襲いかからず、静かに首を垂れた。そして老いた獣のように砂へ横たわり、一度だけ息を吐く。

それが最後の呼吸だった。

死体は増えず、蘇らず、毒霧にもならない。

観覧室の結界が警告を鳴らす。

《不死概念の消失を確認》

《神代級権能》

《測定対象を変更してください》

処刑伯は椅子を蹴って立ち上がった。貴族たちも総立ちになる。歓声はない。誰も、次に慧が何を終わらせるのか分からない。

慧は九つの瞼を順に閉じた。

鉄門の向こうで、彼を餌と呼んだ処刑伯が、初めて自分の治世にも終止符があり得ると知った顔をしていた。