九回裏の捕球音
――九回裏、二死満塁。打球は三遊間へ!
ラジオの実況が叫んだ瞬間、遊撃手は横へ飛んだ。白球は新しいグラブの奥へ吸い込まれ、乾いた一音だけを残した。
そのグラブを縫ったのは、芦名奏志だった。
半年前まで、奏志は大手用品会社の工房にいた。選手ごとに革の厚みを変え、親指の芯を削り、完成後も何百回と開閉する。一個に三週間かかるため、生産部長の鳥羽浩二は彼を会議室へ呼んだ。
「機械縫製なら一日十個だ。革を揉んでいるだけの給料泥棒は要らない」
奏志は契約選手の型紙を会社へ残し、解雇された。
鳥羽は同じ形を量産し、「職人品質の標準化」と宣伝した。だが革は試合中も硬く、強い打球が掌で跳ねた。プロ選手から調整依頼が殺到し、工房は型紙どおり削っても直せなかった。型紙にない革の癖と、選手が力を抜く瞬間を知る者がいなかった。
シーズン中盤、契約選手の半数が他社製品へ替えた。用品会社は違約金をちらつかせたが、失策映像が流れるたびブランド名まで映った。
奏志は地方の小さな皮革工房へ移っていた。そこで、守備に悩む新人遊撃手の手を見た。捕球時に小指が遅れる癖がある。奏志はポケットを中央から指一本ぶん外へずらし、革の鳴る位置まで調整した。
新人は後半戦から失策をしなくなった。難しい打球ほど捕球音が一度だけ鳴り、送球へ移る動きも速くなった。
そして優勝決定戦、九回裏の打球を横っ跳びで掴んだ。起き上がった選手は、グラブを高く掲げた。テレビカメラが、親指の内側に縫われた小さな「芦」の印を映した。
翌朝、球団とリーグ指定用品の選定会が開かれた。鳥羽は量産体制を説明し、奏志の工房では供給できないと主張した。
決勝打を止めた遊撃手が会議室へ入り、グラブを机へ置いた。
「俺が契約したいのは、このロゴじゃない。この音を作った人です」
球団代表は、皮革工房との全選手契約に署名した。来季から若手選手も一人ずつ採寸を受ける条件だった。技術責任者は芦名奏志。
鳥羽の会社には、リーグ公式推薦から外す通知が同時に届いた。