予言を眠らせる青天蓋

予言者メルカは、眠るたび未来を叫んだ。

「北門が崩れる」「粉屋の三男が転ぶ」「明日のスープは塩辛い」

当たるかどうかに関係なく、声は街二区画へ響く。宿を五軒追い出され、喉は血の味がした。それでも眠らなければ予言は意識の中で膨らみ、昼間に破裂する。

宿《青い瞼》の主人ラズィは、二階の小部屋へ彼女を通した。

寝台の上に、深い青の天蓋が垂れている。刺繍は何もない。

「この天蓋は、夢の声を外へ出しません」

「押し戻された声で、頭が割れる」

「戻しません。布が一晩、預かります」

メルカは疑いながら横になった。

夜半、未来が押し寄せた。塔の火事、失くした指輪、雨の中を走る誰か。喉が勝手に開き、いつもの絶叫が飛び出す。

だが音は天蓋の内側で青い糸になった。

叫びは布へ縫い込まれ、外には寝息しか漏れない。言葉を吐くたび喉は軽くなり、頭の圧も消えていく。メルカは予言を止めたのではない。誰も起こさず、全部を夢の外へ置けた。

夜が深まるほど、布には銀の文字が増えた。けれど天蓋は重く垂れず、むしろ一語預かるたび軽く揺れた。未来を抱え込む重さが、メルカの胸から布へ移っているのが、眠りの中でも分かった。

朝、彼女は自分の声で目を覚ました。

「おはよう」

掠れていない。痛くもない。試しに低い音から高い音まで声を滑らせても、途中で血の味はしなかった。自分の声が、自分のためだけに部屋へ残った。

青天蓋には、一晩分の未来が銀の文字で刺繍されていた。けれどラズィは読まず、天蓋を畳んだ。

「予言はあなたの商品ではありません。宿代だけください」

「読めば儲かるのに」

「眠りを売った代金は、もういただきます」

メルカはしばらく黙り、銀貨二枚の横へ一か月分の金貨を置いた。

「三十夜、預かって。未来じゃなく、私の睡眠を」

外へ出た彼女は、初めて通行人に振り返られなかった。静かな声で鼻歌まで歌えた。

ラズィが新しい青天蓋を掛けたとき、入口のベルが鳴った。畳んだ布の隅には、たった今の音を予告する銀糸が一つだけ光っていた。