二人分の蔵書票
有村小春は、同棲を解消した恋人と買った本をどう分けるか相談した。
「たぶん彼は、高かった写真集を欲しがると思います」
柿沼宗一は羽根ばたきで返却台の埃を払い、棚を指した。
「推測は棚に戻してください」
「でも三年一緒にいたので、好みくらい分かります」
「三年一緒にいて別れる人の推測です」
「容赦ないですね」
「整理に同情は不要です」
柿沼は図書館の蔵書点検で使うような白いカードを二十枚出した。小春と元恋人の直樹が共同で買った本は、段ボール二箱。写真集、料理本、資格本、漫画、旅行案内。値段で割れば揉める。冊数で割っても不公平に見える。
「一冊につき、欲しい理由を一行。値段は書かない。相手の理由も推測しない」
「それ、本の相談ですか」
「分類と配架の相談です」
小春は閲覧席でカードを書いた。
写真集――最初のボーナスで買ったから。
料理本――直樹が初めて作った焦げたグラタンのしみがあるから。
資格本――もう受験しないと決めた証拠だから。
旅行案内――行かなかった町のページに、二人で付箋を貼ったから。
理由を書けば書くほど、欲しい本と、手放したくない記憶が別物だと分かった。
柿沼は羽根ばたきを止めた。
「相手にも同じことを」
「連絡したくありません」
「推測は棚に戻してください。連絡したくない、は事実ですか。怖い、ではなく?」
小春は答えず、直樹へカードの写真を送った。
一時間後、返信が来た。直樹が欲しいのは高価な写真集ではなく、焦げ跡のある料理本だけだった。
『あれで作ったグラタン、次は焦がさない。写真集は小春が選んだんだから持ってって』
小春は泣きそうになりながら、『資格本はいらない。旅行案内はページを半分に切れないから、あなたが持ってて』と返した。
翌週、分け終えた本の一覧を柿沼に見せると、彼は羽根ばたきで机を一度払った。
「きれいに収まりましたね」
「司書さん、最初からこうなるって分かってたんじゃないですか」
「推測は棚に戻してください」
小春は笑って写真集を抱え直した。
「では事実だけ。新しい部屋に、本棚を買いました」
柿沼は初めて少しだけ口元を緩めた。
「それなら一冊目を借りに来る、と私は推測します。閉館前まで、その推測だけは棚に残しておきます」