二人分の雨音
夜のコインランドリーで、水越結衣香の透明な自動傘が、大きな花柄の傘に取り替わっていた。
乾燥機が止まるまでの二十分、結衣香は隣のコンビニへ行った。戻ると、自分の軽い傘がない。
店内にいたのは、管理人の乙部里奈、左腕を吊った客の風間俊平、近所の牧瀬冴。冴は洗濯物を畳み終え、風間は大きな袋を足元に置いていた。乙部は両替機を開けている。
花柄の傘の持ち手には柔軟剤の甘い香り。留め紐には乾燥機用の百円玉が一枚挟まり、入口には片側だけ深い足跡が残っていた。重い袋を、誰かが片手で引きずった跡だ。
「風間さんに貸しました」
乙部が先に認めた。
風間の母は、明日退院する。長い入院中、家へ帰ったら自分の洗ったシーツで眠りたいと何度も話していた。今夜のうちに家のシーツを全部洗い、病院へ迎えに行く準備をするつもりだった。ところが帰り際、左腕では花柄の手動傘を開けず、洗濯袋も持てないことに気づいた。
結衣香の傘はボタン一つで開く。乙部は自分の大きな花柄傘を代わりに置き、風間へ透明傘を渡した。
「連絡先を知らなかったから。戻るまで待たせたら、病院の面会時間に間に合わないし」
「でも、私の傘です」
「うん。怒っていい」
乙部は頭を下げた。
「ただ、あなたなら貸すと思って、甘えた」
結衣香は以前、洗剤を忘れた客へ自分の分を分け、百円玉をなくした子どもに両替した。乙部はそれを見ていた。親切な人へ、断る機会も与えず親切を使ったことを謝った。
やがて自動扉が開き、そこへ風間が戻ってきた。透明傘はきれいに畳まれ、洗濯袋の上には母親が好きだという白いシーツが見える。
「助かりました。明日、家らしい匂いで迎えられます」
結衣香は傘を受け取り、代わりに花柄傘を乙部へ返した。乾燥機から出したタオルは、まだ温かい。
自販機のココアを三本買い、一つを風間へ、一つを乙部へ渡す。
結衣香は缶の温かさを確かめ、最初の一口を飲んだ。
「次は、借りる前に三人分買ってください」