二度読みの鍵
二十九歳のスマートロック施工員、土師部奏人は、山村の旧家から蔵の解錠を依頼された。鍵穴は塞がれ、扉には古い木札とQRコードが一枚ずつ掛かっている。家主は「鍵札」という専用アプリを使えとだけ言い、現場には来なかった。
アプリ内の施工記録には、蔵へ災いを封じる《一度鍵》の説明が残っていた。一度読むと外から内へ道が開く。同じ札を二度読むと、内から外へも道が開く。
禁忌はそのまま一行で示されていた。
《同じ鍵札のQRコードを二度読み取ってはいけない》
奏人が一度目を読み取ると、画面に〈認証失敗〉と出た。扉は動かない。会社の作業アプリでは、解錠できなければ再試行するのが標準手順だ。家主へ電話しても圏外だった。
コードの汚れを拭き、奏人は一度だけ再読した。
〈一回目:外扉を解錠〉
〈二回目:内扉を解錠〉
蔵の錠が二度鳴った。外側の扉は開かなかったのに、内側で誰かが閂を外す音がした。
隙間から冷たい風が流れ、土埃の上に裸足の跡が現れた。足跡は蔵から出て奏人の周囲を一周し、作業車の助手席へ続いた。
山を下りてから家主と連絡がついた。老人は一度目の〈認証失敗〉が正しい完了表示だと言った。外からは開かず、封じたものにだけ「外はない」と思わせるための文言だったという。二度目を読んだと告げると、老人は長く黙り、「もう助手席は空いていない」と電話を切った。
奏人は前だけを見た。だがバックミラーの助手席部分だけが、内側から曇っていった。
彼は蔵へ入らず、施工中止を報告して帰った。車内カメラには運転席の奏人しか映っていない。ただしシートベルト警告は助手席でも鳴り続け、ナビは「二名で移動中」と表示した。
自宅マンションへ着くと、玄関のスマートロック履歴が更新された。
【21:04 住人1 帰宅】
【21:04 先住者 帰宅】
先住者など登録していない。室内から、木札を壁へ掛ける乾いた音がする。
奏人は管理アプリで先住者を削除しようとしたが、権限欄には〈建物所有者〉とある。自分の方が〈一時利用者〉へ変更されていた。
スマートロックが内側から施錠され、端末へ普段の通知を送った。
〈先住者が在宅です〉
〈お帰りの際は、呼び鈴を一度だけ押してください〉