二百三十七人のアレルギー

学校給食アプリのデータ提供会議で、岩橋岳志は給食会社のシステム担当として、児童の「食嗜好統計」を健康食品メーカーへ渡す契約を確認していた。対象件数は二千三百七十件、対価は一件五百円だった。

岳志は元データを数えた。児童は二百三十七人しかいない。

二千三百七十件は、同じ児童を十日分の献立ごとに繰り返した数だった。営業部長は、献立ごとの反応だから別レコードだと説明した。

しかし各行には児童番号、学校名、学年、クラス、保護者電話番号、アレルギー品目が残っている。嗜好統計ではなく、二百三十七人の個人票だった。

契約書には「重篤アレルギー児への専用食品広告」を目的として記載している。健康食品メーカーは、卵、乳、小麦などの情報を使い、保護者へ直接商品を売る計画だった。

岳志は保護者同意書を開いた。利用目的は給食の安全管理と緊急連絡。第三者提供欄は空白だった。売却用一覧では、空白に教育委員会の承認印画像が貼られている。

印影の作成日時は会議当日の午前六時十四分。教育委員会の文書システムはまだ稼働前で、承認番号も存在しない。印影は前年の献立通知から切り抜いたものだった。

営業部長は、一人を十件として売っても情報量に応じた価格だと開き直った。

岳志は請求額を計算した。百十八万五千円。子ども一人につき五千円の値札が付く。

「同じ子を十回数えても、同意する保護者は一人です」

一人の児童は、微量の乳成分でも救急搬送が必要だった。健康食品会社の広告案には、その家庭へ乳由来サプリを勧める文面が作られている。安全管理用の情報を販促へ移せば、値札だけでなく事故まで付く。岳志は広告案を校医の前へ置いた。

売却ファイルには保護者の住所と電話番号も残り、買い手は試験広告を十二家庭へ既に送っていた。そのうち三家庭は第三者提供を明確に拒否している。

給食会社社長が提供契約への実印を止めた。二百三十七人のアレルギーは、二千三百七十件の商品へ増やされる前に決裁を止めた。