会社公認ではないけれど

宮前亜矢は、会社に正体を知られた翌日、公式配信者にされかけた。

化粧品会社の広報として働く一方、夜は〈アヤメノ森〉の名でゲーム配信をしている。顔は出さず、森の番人を描いた立ち絵を使う。会社の商品を紹介したことは一度もない。

正体が分かったのは、企画会議で通知を消し忘れたからだ。

《アヤメノ森さん、同時視聴一万人を達成しました》

部長は驚いたあと、すぐ笑顔になった。

「使えるじゃない。新商品の発売日に配信してもらおう」

「私のチャンネルで、ですか」

「社員なんだから相乗効果だよ。顔出しも、この機会に」

断れば、隠していたことを問題にされる気がした。亜矢は曖昧にうなずき、その日のうちに企画書を渡された。表紙には、会社のロゴをつけた〈アヤメノ森〉の立ち絵が印刷されていた。

自分の分身が、勝手に制服を着せられたように見えた。

給湯室で企画書を見ていると、法務の堂前が声をかけた。

「使用許諾、出したんですか」

「社員だから、断りにくくて」

「社員であることと、キャラクターの権利は別です。副業を申告することと、会社へ趣味を差し出すことも別」

堂前は企画書の余白に、確認項目を書いた。使用範囲、期間、報酬、顔出しの有無。どれにも合意していない。

翌日、亜矢は部長の机へ企画書を戻した。

「この企画では配信しません」

「正体が知られたくなかったんじゃないの?」

「知られることと、使われることは違います。配信している事実は隠しません。でも、私のチャンネルは会社の広告枠ではありません」

声は震えた。それでも最後まで言った。

部長は不満そうだったが、法務の確認書を見て企画を引き取った。代わりに、会社の公式アカウントで別の配信者へ正式に依頼することになった。

その夜、亜矢は社内プロフィールを更新した。

〈趣味・特技:ゲーム配信。会社案件は受け付けていません〉

冗談のような一文に、堂前が最初の「了解」スタンプをつけた。

配信を始めると、森の番人はいつもの服のまま画面に現れた。

亜矢は会社のロゴがどこにもないことを確かめ、胸を張って挨拶した。

「こんばんは。ここは、私の森です」