何もしない付箋

鴨志田晴菜は、休む日にも付箋を貼った。

設計事務所で働き始めて五年。平日は図面と打ち合わせで終わるため、土曜に洗濯、日曜に資格の勉強と作品集の更新をする。空いた時間を上手に使えば、疲れは追いついてこないと思っていた。

けれどコンペの提出が終わった翌週、晴菜は休日の朝から机の前で泣いた。悲しい理由はなかった。付箋に書いた《模型写真の整理》の文字を見ているうち、涙が勝手に落ちた。

机の壁には、黄色、桃色、水色の紙が並んでいる。

《洗濯二回》

《冷蔵庫の掃除》

《建築雑誌三冊》

《ポートフォリオ修正》

《一週間分の作り置き》

どれも、今日やれば来週が楽になることだった。だから一つも捨てられなかった。

晴菜は涙を拭き、まず洗濯機を回そうと立った。床に置いた鞄へ足が当たり、中から未使用の白い付箋が落ちた。

一枚はがし、何か書こうとした。

《休息》では仕事の項目のようだった。《好きなことをする》では、好きなことを探さなければならない。

晴菜は迷った末、《何もしない》と書いた。

壁の中央へ貼る。

それだけでは、何もしないことを達成する課題に変えただけに思えた。何分休めば完了なのか、横になって眠れなかったら失敗なのか。晴菜はペンで小さなチェック欄を描きかけ、やめた。

他の付箋を一枚ずつはがした。捨てずに机の引き出しへ入れる。仕事も家事も消えない。月曜の自分が困るかもしれない。

最後に残った白い付箋を見て、晴菜はパソコンの電源を切った。

ベッドへ横になると、洗濯物の入った籠が見えた。立ち上がれば十分で終わる。晴菜は毛布を顎まで引き上げた。

昼になっても眠れなかった。動画も見ず、本も読まず、天井の小さな染みを眺めた。回復している実感はなかった。時間だけが、役に立たない形で過ぎた。

午後三時、洗濯機の中の服を思い出した。まだ回してもいないのに、干し忘れたような焦りが胸に来た。晴菜はその焦りを解決せず、毛布の縫い目を指でたどった。

夕方、壁の付箋が暖房の風ではがれ、床へ落ちた。

晴菜は拾わなかった。

何もしないことは、完了の印をつけないまま、その日の隅に残った。