作成者の欄

 砥上千景が作った準備書面は、提出前になると桐生院雅彦の名前へ変わった。

 千景は法律事務所のパラリーガルだった。証拠を時系列に並べ、判例を確認し、誤字まで潰す。依頼人が何度も言い直した日付を、通話記録と領収書から一つずつ確かめた。

 桐生院は締切直前に資料を机へ投げ、「補助職は夜中まで残って当然だ」と言った。それでも完成したファイルを受け取ると、作成者欄を消した。

「補助職の名は依頼人に見せない。成果は担当弁護士のものだ」

 千景は、書面を渡すたび受領時刻を記した。以前にも桐生院が修正を忘れ、彼女の机へ戻していたからだ。責めるためではなく、次の担当者が迷わないよう、完成版と資料番号を対応させていた。

 ある訴訟で、提出期限は金曜の深夜だった。千景は午後九時に最終版を共有し、提出画面まで準備した。桐生院は「文面を直す」と彼女を帰らせた。

 月曜朝、彼は会議室でファイルを机へ投げた。

「期限に間に合わなかった。砥上が最終版を作らなかったせいだ」

「九時に共有しています」

「記録より、担当者の判断が優先だ。始末書を書け」

 依頼人への謝罪会議には、千景も呼ばれた。責任を認める席として、入口側に座らされた。

 所長が提出管理システムを開く。千景の最終版は金曜二十一時三分に完成し、電子署名付きで桐生院へ送られていた。二十三時四十一分、桐生院は提出ボタンを押している。

「ならシステム障害です」

 事務局が監査履歴を拡大した。提出は一度受理され、受付番号も発行されていた。二十三時五十八分、桐生院の端末から《提出取消》。その三分後、作成者欄を千景へ変更した未提出版が新たに保存されている。

 依頼人の担当役員が、何のために取り消したのか尋ねた。桐生院は答えず、千景へ「説明しろ」と言った。

 所長は始末書を千景の前から取り、桐生院の弁護士証が置かれた側へ滑らせた。

「桐生院弁護士、端末を置いてください。倫理委員会の聴取を始めます」