保守費を消さない見積り

空調設備会社の営業・瑞木廉は、金属工場から年間保守契約を半額にするよう求められた。

「去年は一度も故障しなかった。点検を減らしても同じだろう」

工場長は競合の見積書を示した。定期訪問は年四回から一回。SLAの復旧時間も保証しない代わりに安い。

現場主任は、前回点検で冷却風の弱まりを指摘され、清掃によって温度が戻ったことを覚えていた。故障件数には数えられないが、点検をしなければ停止へ進んでいた変化だった。廉はその二行を報告書から抜き出した。

廉は故障履歴ではなく、点検報告書の部品欄を見た。主力コンプレッサーの制御基板が、今年で部品供給年限を迎える。壊れていないのは状態がよいからではなく、まだ壊れていないだけだった。

「一回も故障しなかったなら、保守は無駄だ」

工場長は繰り返した。

廉は生産現場で、停止一時間あたりの損失を尋ねた。工場長は答えたがらなかったが、現場主任が夜勤の人数と生産量を教えた。四時間止まれば、年間保守費を超える。

それでも廉は従来契約をそのまま勧めなかった。年四回の保守点検を二回へ減らし、浮いた費用で制御基板を一枚だけ先に確保する。交換は故障後ではなく、次の大型休止日に行う。旧基板は動作確認後、非常用として保管する。

「壊れるか分からない部品を買うのか」

「壊れてからは、買えない部品です」

廉は倉庫へ電話し、残り在庫を確認した。全国で三枚。翌月には廃棄予定だった。見積書に基板代を加えると、契約額は半額にならない。

代わりにSLAを全設備一律から主力機だけへ絞った。停止しても生産に影響しない予備機は翌営業日対応にし、緊急要員を主力機へ集中する。費用は三割下がり、復旧の約束は必要な場所に残った。

工場長は競合の安い見積書を裏返した。

「故障しなかった理由を、故障がないからと決めつけていた」

契約書に署名が入った直後、廉の携帯が鳴った。別の工場で、部品供給を終えた機械が停止したという。

彼は確保した一枚に工場名を書き、誰にも持ち出されない棚へ置いてから、次の現場へ向かった。