偽善者の一滴

《綾瀬雫の寄付配信、全部仕込みだったって》

《献血アピールで好感度稼ぎ》

《毒湖の救助まで慈善キャラに使うな》

 紫紺湖の浅瀬に、十四人が倒れていた。

 水面から立つ毒気は防護結界を侵し、岸から投げた解毒薬も触れた瞬間に変質する。湖の中央では、まだ意識のある浅羽征士が仲間の顔を水上へ支えていた。

 綾瀬雫は岸辺で手袋を外す。寄付先の研究所で会計不正が見つかって以来、雫まで共犯扱いされ、過去の慈善配信は『台本』の一言で片づけられた。彼女は研究所を擁護せず、被害額を自費で補填しながら、検査への参加だけはやめなかった。

 彼女の腕には、何度も採血した薄い痕が残っていた。

《湖全体が毒媒体》

《浄化には大聖堂級の魔力が必要》

《雫、治癒職ですらないぞ》

 雫は水質計を岸へ置き、救助艇が全員を拾える位置にいることを確認する。それから指先を小刀で触れ、血を一滴だけ湖へ落とした。

 赤い輪が、水面を静かに走る。

 紫だった湖が輪の内側から透明になり、倒れていた十四人の状態表示から毒の印が消えた。征士が咳き込み、仲間を抱えたまま立ち上がる。

 雫の技能《免疫共有》。自分が克服した毒への抵抗を、血が触れた水すべてへ一度だけ写す。彼女が無償の毒耐性試験へ参加してきたのは、配信映えのためではなかった。

《湖水毒性、検出限界以下》

《十四人の血中毒素も同時低下》

《臨床記録公開:雫は過去五年で二百種の微量毒試験に参加》

《報酬は全額、解毒薬研究へ寄付されてる》

 救助艇が透明になった湖を進む。

 雫は自分の傷へ布を巻き、最初に運ばれてきた征士へ水筒を差し出した。

「これも安全?」

「今は、私より安全です」

 冗談に気づいた征士が笑い、周囲の緊張もほどけた。雫は自分の傷より先に、十四人分の名前を救助表へ書き込む。最後の欄まで埋めてから、ようやく震える指を握り込んだ。

《仕込みどころか五年準備してた》

《一滴だけで十四人と湖を救った》

《第三者医療班、全員回復判定》

《認定結果が出たぞ》

 雫の配信プロフィールに、赤い雫型の公印が追加された。

【公式認定――綾瀬雫《国家毒性災害救助者・特級》】