先に刻まれた魔法式
学院創立夜会で、新型転移魔法の発表が終わると同時に、トゥリオ公子が声を上げた。
「ウィルダ・カルダン。君はサディアの魔法式を盗んだ」
壇上の壁には、二人が同じ式を描いた羊皮紙が並ぶ。
「婚約者という立場で研究室へ入り、彼女の成果を自分の名で発表した。学問を汚す女とは婚約を破棄する」
サディアは唇を噛み、かすかにうなずいた。
「わたくし、返してほしかっただけなのです。トゥリオ様が公にしてくださるとは……」
ウィルダは自分の式を消さなかった。
「告発は、この転移式を盗用したという一点ですね」
「同じ式がある以上、明白だ」
「では、登録晶を開いてください」
学院長エフラムが、最前列からゆっくり立つ。彼はウィルダの指導教官ではない。だが三年前、無名の学生から届いた式を規則どおり保管していた。
掌に載せた八面体の登録晶へ魔力を流すと、内部に日付と式が浮かぶ。
三年前の四月六日。
登録者、ウィルダ・カルダン。
登録内容、短距離転移式――今、壁にあるものと完全に同じ。
サディアが発表した研究の開始日は、一年前だった。
「登録晶の時刻は星の運行と連動し、書き換えられない」とエフラムは告げる。「先に刻んだ者はウィルダだ」
サディアの顔が崩れた。
「古い下書きを見て、偶然同じ式へ到達しただけだ」とトゥリオが割り込む。
「偶然は日付を二年も遡れません」とエフラムは登録晶を閉じた。サディアは反論せず、自分の名が書かれた偽の羊皮紙を裏返した。
トゥリオはすぐにウィルダへ向き直る。
「誤解だった。だが夫婦になれば研究成果は共有財産だ。婚約破棄を撤回し、共同名義で」
「三年前、わたくしは一人で式を完成させました。失敗した二百四十七枚にも、あなたの名はありません。これからも一人で名を書けます」
エフラムが手を差し出した。
「新設する空間魔法講座の教授席がある。学生の成果を、婚約や家名から守る規則もあなたに作ってほしい。婚姻名ではなく、ウィルダ・カルダンの名を刻む席だ」
ウィルダはトゥリオに背を向け、その手を取った。