先生は毎年忘れる

乙幡秀慈は、三月になるたび生徒を忘れた。

彼が勤めるのは、事件や虐待から身元を守られた子どもたちの学校だった。卒業生の安全のため、教職員は年度末に、名前と顔と家庭事情を削除する。授業方法や教えた内容は残るが、「誰に教えたか」だけが消える。

秀慈の机には、毎年四月、空の名簿が置かれた。廊下で元生徒とすれ違っても分からない。相手が笑って頭を下げても、礼を返すことしかできなかった。

その代わり、身体には妙な癖が増えた。教室の後ろから二番目の席を見ると、必ず少し間を置く。チョークを投げるふりをすると、誰かが笑った気配がする。昼休みには、頼まれてもいないのに窓辺へ牛乳を一本置いた。

「先生は、忘れて平気なんですか」

卒業前、能勢茉耶という生徒が尋ねた。

「平気ではないと思う。でも、忘れたあとの僕には、平気かどうかも分からない」

茉耶は怒った。自分たちとの一年が、制度の都合で消えることが許せなかった。

「じゃあ、何のために先生になるの」

秀慈は答えられなかった。

春、茉耶の記憶も削除された。秀慈は新しい生徒を迎え、また一年を過ごした。

十五年後、定年の日に一人の女性が訪ねてきた。彼女は児童相談所の職員だと名乗り、古びた牛乳瓶の蓋を机に置いた。

「先生は私を覚えていません。でも私は、先生が毎日、飲めない牛乳を黙って持ち帰ってくれたことを覚えています」

秀慈には何も浮かばなかった。

女性は続けた。家で食事を与えられず、学校の牛乳を弟へ持ち帰っていたこと。規則違反を責めず、代わりに福祉へつないでくれたこと。そのおかげで弟と二人、生き延びたこと。

「私、卒業の日に聞いたんです。何のために先生になるのって」

秀慈は、昔答えられなかった質問を初めて聞くように受け止めた。

「今なら、何て答えますか」

彼は長く考え、空になった教室を見た。

「忘れられても困らないように、でしょうか。覚えている僕への恩返しではなく、君が僕なしで生きるために」

女性は泣きながら笑った。

定年後、秀慈は学校近くの食堂で働き始めた。卒業生らしい若者が時々来た。秀慈は誰も覚えていない。それでも、苦手な食べ物を皿の端へ寄せる仕草を見ると、なぜか別の一品をサービスした。

忘れた生徒たちは、秀慈の人生から消えていた。

けれど秀慈という人間の形は、名前のない何百人もの手で作られていた。