全員がうなずく営業

営業担当の釜萢真於は、海外企業とのオンライン商談で確信した。

画面の相手五人が、彼女の説明に合わせて何度もうなずいている。

「導入費は従来の二倍ですが」

五人は笑顔でうなずく。

「契約期間は最低五年です」

さらに深くうなずく。

真於は社内チャットへ書いた。

〈完全に刺さっています〉

上司から返信が来る。

〈条件を少し上げられるか〉

〈いけます。全員、私の話から目を離しません〉

真於は続けた。

「保守費用は別途です」

うなずき。

「現地対応は御社負担です」

うなずき。

「初期不良の交換期限は七日です」

うなずき。

同席した技術者が小声で言う。

「条件、厳しすぎませんか」

「相手の反応を見て。交渉は空気を読むの」

「ずっと同じ角度でうなずいてます」

「深く納得すると動きが洗練される」

本社では祝勝準備が始まった。

社長がチャットに入る。

〈契約額は?〉

真於は相手の笑顔を見て数字を上乗せした。

〈年間三十億で着地可能です〉

〈当初は五億だぞ〉

〈私の営業力が市場を作りました〉

相手の代表が口を開いているように見えたが、音は聞こえない。

真於は言った。

「承諾のお言葉ですね。ありがとうございます」

相手はうなずいたまま。

上司が感動する。

「返事を待たずに合意を取った!」

技術者が言う。

「それ、合意ですか?」

「最強の営業は沈黙も読む」

「読んでいるのは静止画では?」

真於は契約書を画面共有した。

「では署名欄をご確認ください」

五人は笑顔でうなずく。

その瞬間、映像が一度暗くなり、全員が違う姿勢で戻った。

相手の代表が早口で話し始める。通訳が青ざめた。

「先方は、二十分前から映像と音声が固まっていたそうです」

「でも、うなずいて」

「接続が切れた瞬間の映像が繰り返されていました」

「笑顔は?」

「商談開始時の挨拶です」

代表の言葉が訳された。

「何の説明も聞こえなかったので、最初からやり直してほしい、とのことです」

真於は五億の見積書を開き直した。

全員がうなずいた商談は、誰にも届いていなかった。